病院の身体拘束、違法と初めて判決

 日経(2008年9月5日)、入院患者拘束、病院側に賠償命令 名古屋高裁より。

入院患者拘束、病院側に賠償命令 名古屋高裁


 愛知県一宮市の一宮西病院に入院中、看護師に器具で身体を拘束され、ケガをしたとして、岐阜県大垣市の女性(当時80)が病院を運営する医療法人杏嶺会に600万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が5日、名古屋高裁であった。西島幸夫裁判長は身体拘束の違法性を認め、拘束を正当とした1審・名古屋地裁一宮支部判決を変更、病院側に70万円の支払いを命じた。
 弁護団によると、医療機関や老人介護施設での患者の身体拘束を巡り、違法性を認めた判決は初めて。
 判決理由で西島裁判長は「同意を得ず患者を拘束することは原則として違法」と指摘。例外的に身体拘束が許されるケースとして▽患者らの生命または身体に危険が迫っている(切迫性)▽拘束を回避する手段がない(非代替性)−−などを挙げた。その上で今回のケースについて「拘束を行わなければ、転倒、転落により重大な傷害を負う危険性があったとまでは言えない」と指摘した。(07:00)


 続けて、朝日新聞病院の身体拘束違法〈判決の要旨〉より。

病院の身体拘束違法〈判決の要旨〉
2008年9月5日19時31分


 不要な身体拘束は違法だと訴えた入院患者側の主張を認めて、愛知県一宮市内の病院側に賠償を命じた5日の名古屋高裁判決の理由要旨は次の通り。


 ◆違法性の判断基準


 身体抑制や拘束の問題を見直し、行わないようにしようという動きは主に介護保険施設老人保健施設を中心に見られたが、高齢者医療や看護にかかわることのある医療機関などでも問題は同様で、少なくともこれら医療機関では一般に問題意識を有し、あるいは有すべきだった。


 身体抑制や拘束が、厚生労働省がまとめた「身体拘束ゼロへの手引き」*1に示されているような身体的弊害、精神的弊害及び社会的弊害をもたらすおそれのあることは一般に認識されており、また当然に認識できる。


 そもそも医療機関でも、同意を得ることなく患者を拘束して身体的自由を奪うことは原則として違法だ。患者または他の患者の生命・身体に危険が差し迫っていて、他に回避する手段がないような場合には、同意がなくても緊急避難行為として例外的に許される場合もあると解されるが、その抑制、拘束の程度、内容は必要最小限の範囲内に限って許される。右記の手引きが例外的に許される基準としている切迫性、非代替性、一時性の3要件が判断要素として参考になる。


 ◆本件抑制の違法性


 本件抑制で、患者や家族から事前に同意を得た事実はない。抑制しなければ、転倒、転落により重大な傷害を負う危険性があったとは認められない。患者の夜間せん妄については、病院の診療、看護上の適切さを欠いた対応なども原因となっている。特に、おむつへの排泄(はいせつ)の強要や、不穏状態となった患者への看護師のつたない対応からすれば、本件抑制に、切迫性や非代替性があるとは直ちには認められない。

 当日の入院患者に格別重症患者もおらず、看護師がしばらくの間、患者に付き添って安心させ、排尿やおむつへのこだわりを和らげ、落ち着かせて眠るのを待つという対応が不可能だったとは考えられない。


 切迫性や非代替性は認められず、緊急避難行為として例外的に許される場合に該当するという事情も認められない。抑制の態様としても、様々な疾患を抱えた当時80歳の患者に対するものとして決して軽微とはいえない。従って、本件抑制は違法だ。


 ◆損害額


 抑制の結果としての傷害により患者が受けた身体的及び精神的損害に対する慰謝料は、病院の不適切あるいは違法な対応、傷害の程度から50万円が相当だ。弁護士費用は20万円が相当だ。


 患者属性、身体拘束にいたる過程について、各紙の断片的情報を集めてみた。

  • 原告: 当時、80歳の女性(日経、共同、時事、毎日、読売)。3年後の2006年に死亡以後は家族2人(長女、長男)が引き継ぐ(共同、時事、毎日)。
  • 原疾患: 恥骨骨折(毎日)。腎不全(時事)。せん妄(朝日)。強い腰痛(朝日)。腰痛の治療やリハビリのため(読売)。
  • 経過: 2003年8〜11月に入院、11月に身体拘束があった(読売)。
  • ADL: 病棟を徘徊(共同、読売)。何度も看護師を呼ぶナースコールを押し、おむつの交換を要求したり、車いすで移動しようとしたりした(朝日)。
  • 身体拘束に関する同意書: なし(日経、朝日)。
  • 身体拘束を行った期間: 約2時間(時事)。
  • 身体拘束による外傷: 右手首などにけが(共同)、同部位に軽症(時事、読売)。
  • その他のケア内容: オムツへの排泄強要(朝日)。
  • 一審の判決: 「他に代替手段が認められない状況下で行われたもので、違法ではない」(毎日)。女性は当時、はいかいする状態で、転倒やベッドからの転落による生命や身体に対する切迫した危険性があったと指摘。その上で「抑制以外に危険を回避する手段は無く、緊急避難行為としての正当性もある」と判断していた(読売)。


 名古屋高裁判決は妥当である。医療機関側が過剰反応する必要はない。「身体拘束ゼロへの手引き」に記載された内容を理解し、切迫性、非代替性、一時性の3要件を確認し、十分な説明を行った上で同意書をとっていれば、問題はほとんどない。なお、「身体拘束ゼロ」というのは単なるスローガンでしかない。元になった米国の研究では、「ゼロ」とは言わず「最小化」という表現を用いている。ナーシングホームのケアの質を改善し、約30%台だった身体拘束率を10%台に落としたというのが、米国の現状である。
 最大のポイントは、インフォームドコンセント、コミュニケーション能力である。同意書の問題もそうだが、クレームが生じた後でも、ご家族が納得できる話し合いがあったならば、裁判沙汰になることはなかった。「この程度で言いがかりをつけるなんて」という驕りが、医療機関側にあったのかもしれない。医療機関とご家族との話し合いがこじれ、精神的傷害に対する慰謝料を求め民事裁判の至ったと推測する。
 損害賠償額70万円は、高額ではない。請求額600万円は法外な額だ。傷害は軽微だった。訴訟費用、手間を考慮すると、医療機関側は上告する可能性は低い。本件が、今後の判例となる。身体拘束が必要な重症患者を多く抱える急性期病院にとっては、はた迷惑な判決だろう。