「今回の判決の方がより正しい」とは無責任

 読売新聞、医師無罪、県内に波紋より。

医師無罪、県内に波紋


知事「安全確保努める」


 医療界に衝撃を与えた事件の裁定は、無罪だった。福島地裁で20日言い渡された県立大野病院の加藤克彦医師(40)=休職中=への判決。医師不足が深刻になるなか、今後の医療問題や医療行政などに大きな影響を与える可能性があるだけに、県内でも大きな注目が集まり、その結果に、関係者は様々な反応を見せた。


 判決を受け、県立病院を管理する茂田士郎県病院事業管理者は20日午後、記者会見を開いた。茂田管理者は冒頭、遺族への哀悼の意を示した後、「引き続き医療事故の再発防止に全力を尽くしたい」とのコメントを読み上げた。


 無罪判決については、「医療ミスではないと証明され、良かったというのが本音」と語り、現在、休職中の加藤医師については、「判決が確定すれば復職ということになる。(既に出されている処分についても)重大な事実誤認があった場合には取り消しもできる」と述べた。


 また、県が2005年3月にまとめた事故調査委員会の報告書で、加藤医師の処置をミスと判断したことについては、「(委員会は)医療事故の再発を防ぐために作ったもので、その時の結果は法的な意味はない。今回の判決の方がより正しい」とした。


 一方、遺族が病院側の説明に不満を持っていることについては、「病院としては誠意を尽くして説明したつもりだが、十分にそれが届かなかった点もあったのではないかと思う。今後チャンスがあれば続けていきたい」と話した。


 松本友作副知事も同日、取材に応じ、「今回の残念な事件を心に刻んで、地域医療体制の充実により一層取り組んでいきたい」と述べた。


 また、佐藤知事も同日、「今後も医療体制の整備と医療の安全確保に努めたい」との同趣旨のコメントを出した。


(2008年8月21日 読売新聞)


 県立大野病院事故調査委員会報告書 平成17年3月22日の結論部分を引用する。

第4 調査結果
1 事故原因
 癒着胎盤の剥離による出血性ショック。
 出血性ショックに陥り輸液が不足し循環血液量が減少し、心筋の虚血性変化がおこり心室不整脈をおこし死亡に至ったと考えられる。


2 事故の要因
(1)癒着胎盤の無理な剥離
(2)対応する医師の不足
(3)輸血対応の遅れ


3 総合判断
 今回の事例は、前1回帝王切開、後壁付着の前置胎盤であった妊婦が帝王切開手術を受け出血多量、出血性ショック、循環血液量減少その結果心筋の虚血性変化をおこし死亡に至ったと思われる。
 出血は子宮摘出に進むべきところを、癒着胎盤を剥離し止血に進んだためである。胎盤剥離操作は十分な血液の到着を待ってから行うべきであった。
 循環血液量の減少は輸液(輸血も含め)の少なさがある。他科の医師の応援を要請し輸液ルートを確保して輸液量を増やす必要があった。
 手術途中で、待機している家族に対し説明をすべきであり、家族に対する配慮が欠けていたと言わざるを得ない。


第5 今後の対策
 今回の事例の調査・検討の結果を踏まえて、以下のことが求められる。
1 既往帝王切開が1回であっても前置胎盤の場合には付着部位にかかわらず癒着胎盤を常に念頭に置き十分な術前診断が求められる。
前置胎盤を含めリスクの高い症例の手術に対しては複数の産婦人科医師による対応及び十分な準備が必要である。
3 医師間及び医師・看護師間の意思疎通や緊急時の助言といった相互協力を十分に行ってチーム医療を活用すべきである。


 医療事故が起こった場合、医療事故調査委員会が設置される。事実経過を確認し、要因分析を行う。その結果を踏まえた上で、患者や遺族に十分な説明をし、さらに、再発予防に向けた具体的取組みがなされる。
 「県立大野病院事故調査委員会報告書」では、今後の対策として、「前置胎盤を含めリスクの高い症例の手術に対しては複数の産婦人科医師による対応及び十分な準備が必要である。」と述べている。このことは、1人体制を強いられた被告医師の責任ではない。また、「手術途中で、待機している家族に対し説明をすべきであり、家族に対する配慮が欠けていたと言わざるを得ない。」とも述べている。だが、実際に治療中の主治医が家族に対し説明できる余裕はなく、管理業務に従事する医師(院長等)が事態の重大性を早期に認識し、ご家族との対応を行うべきであった。遺族が病院側の説明に不満を持っている点も、当事者である主治医の責任ではなく、組織トップの対応のまずさが原因である。


 今回の事件で責任が問われるべきだったのは、福島県立大野病院と福島県医療局である。しかし、医療機関として組織の問題が論じられているにも関わらず、主治医の個人責任が問われた。本来なら、県立病院を管理する最高責任者である茂田士郎氏が先頭に立ち、責任が己にあり、主治医の個人責任を問うことは不合理であることを訴えるべきではなかったのか。
 「県立大野病院事故調査委員会報告書」は、3人の委員がわずか3回の論議で結論を出したものである。委員構成に問題がなかったのか、結論を急ぎすぎていなかったのかが問われている。「県立大野病院事故調査委員会報告書」が主治医逮捕のきっかけとなった。検察の主張は、ほぼ報告書を踏襲している。少なくとも、「今回の判決の方がより正しい」と無反省に述べることは許されない。


 本事件では、検察・警察に対する批判が医療関係者に渦巻いている。一方、不適切な対応をした福島県立大野病院と福島県医療局トップは免罪されている。部下に責任を押し付け、自らを安全な場所に置こうとし続けているトップに対しては、怒りを禁じえない。