医療崩壊を防ぐためには、埋蔵金だけでは不足

 CBニュース、厚労省は5兆円の“埋蔵金”を出せより、医療費財源問題に関係する部分を引用する。

厚労省は5兆円の“埋蔵金”を出せ
【第24回】高橋洋一さん(東洋大経済学部教授)


 政府は来年度の予算編成で、真に必要なニーズに財源を重点配分する「重要課題推進枠」を設ける一方、医療や年金など社会保障関係費の自然増については、従来通り2200億円の削減を決めた。社会保障費の削減に対しては、医療界からの反発が強いものの、財政再建型路線は今後も続くことが懸念される。これに対し、医師の不足や過重労働などで疲弊する医療現場から「せめてOECD経済協力開発機構)加盟諸国並みの医療費を」と求める声は大きくなる一方だ。社会保障についてどう考え、年々増加する社会保障費をどう捻出(ねんしゅつ)すべきか。小泉政権時代に改革の懐刀として郵政民営化を成し遂げ、公務員制度改革の素案作成にもかかわった、元大蔵官僚で東洋大経済学部教授の高橋洋一さんに聞いた。(熊田梨恵)


【略歴】
東大理学部と経済学部を卒業後、1980年に旧大蔵省入省。理財局資金企画室長、プリンストン大客員研究員、内閣府参事官(経済財政諮問会議特命室)、内閣参事官などを歴任。特別会計の資産負債差額である、約50兆円の“埋蔵金”を暴露。「小泉・竹中改革」の懐刀として、郵政民営化道路公団民営化、公務員制度改革などを実現。今年4月から現職。


ー医療界では、毎年の社会保障費2200億円を削ることによって総額1.1兆円の削減を決めた、経済財政諮問会議を敵視する声がよく聞かれます。日本医師会も先月、削減反対の意見広告を新聞に出していました。先生は当時の経済財政諮問会議に裏方としてかかわっておられましたね。


 社会保障費2200億円削減は、「骨太の方針2006」で決まりました。「骨太の方針」は、「2005」までは会議本体で作っていましたが、「2006」は実質的に自民党で作られたから、諮問会議はあまり中身にかかわってないのですよ。「2006」を作成する時に経済担当大臣が竹中平蔵さんから与謝野馨さんに代わったのですが、与謝野さんが主導すると財政再建型になり、財務省ががちがちになると思ったので、当時の小泉純一郎首相の裁定で自民党政調会長中川秀直さんが主導することになったのです。


 では、2200億円がその当時どう考えられたか説明しますね。財政については、国と地方を合わせて▽社会保障▽公共事業▽人件費系▽その他?の大きく4つに分けて考えていきます。それぞれの自然体の伸び率で放っておくとどうなるかを計算し、どう削れるかを見ます。


社会保障は重視されている
 「2006」の考え方はこれ=表=に集約されます。06年度は国と地方で合わせて107.3兆円の歳出が見込まれ、11年度にはそこから自然増で約20兆円膨らんで、128.2兆円と試算されました。この中で最も伸び率が大きく、額が多いのが社会保障費です。例えば、公共投資などは自然増で約3兆円増(18.8兆→21.7兆)ですが5.6兆円の削減、人件費も5兆円増(30.1兆→35.0兆)で2.6兆円の削減です。これに比べて社会保障費は、20兆円増と圧倒的に伸びていますが、削減額は1.6兆円と一番低い。削減額を自然増に対する割合で見ると、社会保障18%、公共投資193%、人件費53%、その他104%。つまり社会保障は一番重視されているというのが事実です。


 その削減額1.6兆円を分解すると、国が1.1兆円で地方が5000億円。1.1兆円を5年間かけてやるから、2200億円になったということです。どこをどう削減するかは、当時は厚生労働省にお任せで、わたしたちは「無駄を省いて、機械化や合理化などでできます」と担当者から聞いていて、どこを削るとかは知りませんでした。各省庁が、科学技術振興費やODA(政府開発援助)などいろいろな予算を抑えている中、削減割合だけ考えると、厚労省が一番低かったのです。医療関係者から見たら、自分のところが減らされているように見えるかもしれませんが、全体として見れば社会保障費はずいぶん伸び、削減額も少ない。そしてあくまでシーリングで、増収分の中で削るということなのです。これが見方のすべてです。


ーこの2200億削減をめぐって診療報酬が削られたりと、現場にしわ寄せがきているため、どう工面するかで毎年苦労しています。


 全くもって単純な話です。約5兆円の“埋蔵金”が厚労省の中にあるのですから、それを使えばいいのです。厚労省の一番大きい埋蔵金は、雇用保険特別会計です。今まで余ったストックが5兆円くらい、フローベースで来年度余る繰越金の8000億円があります。これを2200億円に充てればよいだけの話で、それでも余っていますよね。一般会計を削ったということにして、特別会計の余り金を充てる。このやり方なら、シーリング目標である財政再建にも反しないでしょう。おまけに財務省が見逃していて気付かなかったものですが、一般会計から雇用保険に2000億円の繰り入れまでしていたのです。さすがに最近は気付いて渋るようになりましたが、これを社会保障費に回すことだってできますよ。


■「厚生」「労働」壁をなくせ
 では、余った雇用保険特別会計で何をしていると思いますか。「私のしごと館」などを造っているわけです。あんな役に立たない箱物を造るぐらいなら、何とかしてほしいと叫ばれている2200億円に充てればいいでしょう。厚労相の一声でできますよ。
 「厚生労働省」とはいえ、実際の中身は合併前のセクショナリズムが働いているので、「なぜ『労働』の財源を『厚生』に回さなければいけないのか」という声が労働側から上がっていて、できないのでしょう。でもそんなことは外部からしたら関係ない話だから、あえて言います。「厚生労働省」という一つの組織の中でなぜできないのか。全くおかしな話です。


 もっとも、注意しなければならないのは、2%台を予想されていた名目経済成長率が07年度で0.6%、08年度では0.3%ぐらいまで下がっていて、そのせいで税収が落ちています。「骨太の方針2006」で5年間シーリングが決まっていますが、このままでは達成できないので、本来は「2008」の内容は変えなければなりません。その意味では変な状況が続いているということです。税収が落ちている時に2200億円を削るか削らないかという議論があってしかるべきですが、2200億円よりさらに削減額が増えたとしても、ストックが5兆円あるでしょ(笑)。それに回せばいいだけなのに、2200億円でどうこう議論しているなんてばかばかしい話です。


(後略)


 以前、霞ヶ関の内幕暴露、「さらば財務省!」で、元財務省官僚高橋洋一氏の著書を紹介した。その中で、氏はおのれをコンテンツ・クリエーターと自称した。各省庁の官僚と対峙し、得意の会計学を駆使し、歳出削減の実現に奔走した。今回のインタビューでも、「雇用保険特別会計」という厚労省埋蔵金を当てれば、社会保障費2,200億円の財源調達は可能と自慢している。
 高橋洋一氏は、小泉構造改革路線に一片の疑いも抱いていない。本格的な高齢化社会を迎え、年金、医療、介護全て自然増が避けられない。必要な社会保障費削減を強行したことで、医療崩壊などの歪みを生じたことに氏は目を向けようとしない。そればかりか、削減率が最も低いことを根拠に、社会保障は一番重視されているとまで主張している。


 そもそも、日本の医療費は対GDP比で先進諸国と比べ、極端に低い。かつて、日本より低かった英国は医療費増に政策の舵を切った。権丈善一氏(慶應大学商学部教授、社会保障国民会議委員)は、m3.com、医療維新(2008年5月9日)でインタビューに答え、医療費増加の目安について次のように述べている。

 例えば、日本の医療費のGDP比は8%、うち私の関心のある、社会保険料と租税からなる公費は約6.6%です。ドイツ並みに1.5ポイント上げると7.5兆円、フランス並みに2ポイント上げるならば10兆円が必要になります。


 他の先進諸国並に医療費を確保しようとするならば、高橋洋一氏の主張する、雇用保険特別会計(ストック約5兆円)を持ってしても1年で使い切ってしまう。小さな政府論、上げ潮路線派の限界を感じる。