「安心と希望の介護ビジョン会議」

 厚労省は7月24日、「安心と希望の介護ビジョン会議」(座長=前田雅英首都大学東京都市教養学部教授)の初会合を開いた。同会議は今後、介護現場の視察や関係者からのヒアリングなどを実施し、年内に「介護ビジョン」を取りまとめる予定。


 CBニュースに、第1回会議の様子が報告されている。気になった点をメモする。参考にしたCBニュース記事は以下のとおり。


「介護ビジョン」で、初会合(上)
「介護ビジョン」で、初会合(中)
「介護ビジョン」で、初会合(下)
高齢者介護、「家族はくせ者」


【舛添厚労相の意図】
# 長期のビジョンと目の前の課題解決を“車の両輪”として取り組む

  • 今は苦しいけれども、必ず明るい未来がある』と思えるような長期的なビジョンを策定する。
  • 来年度の介護報酬改定で具体化作業をやり、年末の予算編成で予算を付けて実行する。

 『今は我慢してほしい。でも、10年後にはこんな明るい未来がある』という長期ビジョンがあるから、緊急措置も生きてくる。介護の報酬を上げただけで終わりではなく、介護の現場の方々がみんなから尊敬され、『今は苦しいけれども、必ず明るい未来がある』と思えるような長期的なビジョンがないといけない」


# 医療ビジョン(安心と希望の医療確保ビジョン会議)の介護版

 社会保障国民会議など、会議はたくさんあるが、(介護ビジョン会議を)一番発信力のある会議にしたい。介護は、医療と共に全国民が関心を持っている身近な問題であり、すべての人が発言できる問題だ。皆さんの力をお借りして、総理とぶつかっていく。財務大臣とも闘っていく。政策を実現する“ツール”として医療ビジョンは大きな意味を持ったので、同じような形でやりたい。


 舛添厚労相は、医療ビジョン(安心と希望の医療確保ビジョン会議)の論議の結果、『医師の数は十分だ。偏在しているだけだ』という方針がひっくり返ったと判断している。同じようなインパクトのある政策提言を、安心と希望の介護ビジョン会議に期待している。


厚労省の説明と各委員の発言】
# 安心と希望の介護ビジョン会議構成員名簿

石川 誠    医療法人社団輝生会初台リハビリテーション病院理事長
石川 良一   稲城市
太田 差惠子  NPO法人パオッコ理事長
駒村 康平   慶應義塾大学経済学部教授
袖井 孝子   お茶の水女子大学名誉教授
鳥羽 研二   杏林大学医学部教授 (老年医学)
中村 邦夫   松下電器産業(株)代表取締役会長(社団法人シルバーサービス振興会会長)
古川 静子   日本化薬メディカルケア(株)デイサービス部部長
堀田 聰子   東京大学社会科学研究所特任准教授
前田 雅英   首都大学東京都市教養学部
村上 勝彦   社会福祉法人慧誠会帯広けいせい苑施設長
村田 幸子   福祉ジャーナリスト


 上記メンバーの中で、前田雅英氏が座長となった。


# 厚労省老健局の大澤範恭・総務課長の説明(資料:安心と希望の介護ビジョン(第1回)議事次第

 今後の検討事項は、(1)自助・公序・共助を組み合わせたケアの構築(2)持続可能な介護保険(3)介護を担う介護従事者の人材確保(4)医療サービスと介護サービスの適切な提供(5)都市部や地方などの地域ニーズに対応した地域ケア構想のための仕組みづくり―の5点。介護報酬の引き上げなど財源の手当てに頼った政策よりも、地域のネットワークを生かした、“財政抑制型”のトーンが強い。

 「介護を取り巻く状況」の資料の最初のページでは、やはり「75歳以上の高齢者の増大」を挙げた。2ページで「平均寿命の国際比較」を示し、「わが国の平均寿命は男性79歳、女性が86歳であり、世界の中で最も高い」との一行を罫線で囲んで強調。高齢化が猛スピードで進んでいる日本の現状を具体的なデータで示した。
 資料は以後、介護をめぐるこれまでの政策や介護保険制度の仕組みなどを紹介した上で、「介護保険財政の動向」という“本題”に入っていく。
 資料によると、2000年度に3.6兆円だった介護保険の総費用は、08年度予算で7.4兆円と倍増。同年4月末に2165万人だった「第1号被保険者」(65歳以上の被保険者)は、07年11月末に2722万人に増加している。

 大澤課長は配布資料の説明を終えた後、社会保障制度の抜本改革を検討する「社会保障国民会議」に触れた。「今後、社会保障国民会議では将来費用の推計を行った上で、この秋を目途に最終報告書を取りまとめる予定と聞いている。社会保障国民会議の今後の状況も見ながら、『介護ビジョン』の策定に向けた議論をお願いしたい」とクギを刺して締めくくった。


 この部分を読む限り、厚労省官僚は介護報酬抑制の視点で報告しており、舛添厚労相の期待する明るい未来は見えてこない。


# 各委員の代表的発言
・石川誠氏: 医療と介護を一体化して包括的にやろうという意識改革が必要。
・石川良一氏: 稲城市の「介護ボランティア制度」を紹介。“地域力”を介護や福祉の分野に生かすことが、「介護保険における負担と給付」問題の解決策の一つになるとした。
・太田差惠子氏: 遠距離介護を考えるNPO法人パオッコ理事長。介護に関する正しい情報の集約化や、“情報の仲介役”となるケアマネジャーのサービスが利用者に分かりやすい環境の整備を求めた。


・駒村康平氏: 介護保険制度を構成する“3つのセクター”として、「本人・家族・地域というセクター」「財政と給付のセクター」「サービス提供者・労働サイドのセクター」を挙げ、それぞれに関連する論点を具体的に提示。「資源の確保ができなければどうしようもない。経済学の視点から議論したい」と述べた。「現在の制度を少し解体して、直せるものから直していくべき」
・袖井孝子氏:  「介護保険でどこまでカバーすべきかをきちんと議論すべきだ。もう少しシンプルに設計し直して、何もかも取り込まない方がいい。そうしないと、ますます財政的に厳しくなってしまう。家族がどこまでやるべきか、ある程度の痛み分けが必要で、国民の側も我慢すべきだ。『利用者本位』とか『権利』などが広がってくると、歯止めが効かなくなる」、「家族はくせ者で、介護される人と家族(の利益)は一致しない。『安心と希望』は本人を第一に考えてほしい。わたしの親は施設(介護)だったが、本音を言えば(わたしも)自分勝手なところがあった。『どちらを取るか』というとき、要介護の人を優先せずに自分を優先するので、やはり『本人第一主義』でいくべきだ」
・村田幸子氏: 「介護される人たちを見ていると、『できないからしてくれ。もっとサービスしてください』という実態がある。老いて暮らしにくさが増えるにつれ、要求度が高まってくる。介護というと、『気の毒だから、あれもこれもしてあげよう』という方向に流れがちだが、『できることは自分でやる』という意識の醸成が必要だ」


・鳥羽研二氏: 「誰のための安心と希望か」と問題提起。「わたしは介護を受ける人や、その家族が対象になると思う」と述べた。経済学の視点を強調する駒村委員に対し、「介護費の増加は、負の要因としてしかとらえられないのか。自動車の売り上げが上がるように、内需型の産業のように考えられないのか」と反論。
・村上勝彦氏: 「先に財源を固定して高齢者の介護を考えると、現在の利用者が『安心と希望』を持てない。国民は“最後のセーフティーネット”を欲している」と述べた。


 家族の介護負担や介護労働者の苦労を知らない人たちが委員となっている。自分が施設介護を利用しながら、「家族はくせ者」などと平気で放言する名誉教授もいる。


 CBニュース記者は、論議をふまえて次のような指摘をしている。

 初会合では、介護サービスの範囲を限定する方向に議論を誘導する委員間の“連係プレー”がさえており、介護費の抑制を目指す老健局の思惑通りに進んだ。同会議のメンバー構成などを考えると、「シナリオは既に見えている」というべきかもしれない。「介護人材の確保にかかわる介護報酬は上げる。しかし、介護サービスの範囲は限定する」というシナリオだ。

 医学部の定員増など、これまでの厚労省の方針を転換する考えをまとめた「医療確保ビジョン会議」では、厚労省の医政局と舛添厚労相との間で意見の対立が見られた。「介護ビジョン会議」で、舛添厚労相はどのような方針を打ち出すのだろうか―。


 介護労働者の待遇改善、介護の質の向上のためには公的介護費用を増大させることが必要といった視点で会議をリードできる委員は誰なのだろうか。今回の報道をみる限りでは、鳥羽研二氏や村上勝彦氏に期待するしかないように思える。
 「安心と希望の介護ビジョン会議」が、「不安と絶望でお先真っ暗会議」にならないことを願っている。