タクシー規制再強化、利用者の利便性向上の視点で

 毎日新聞クローズアップ2008:タクシー規制再強化 緩和、ひずみ生むより。

クローズアップ2008:タクシー規制再強化 緩和、ひずみ生む


 増えすぎた台数の抑制など、タクシーの供給過剰問題への対策案を国土交通省が3日発表し、規制の再強化に踏み出した。運転手の賃金低下など放置できない問題が表面化したためだ。タクシーの規制緩和は行き過ぎたのか。軌道修正を迫られた背景を現場の声を通じて探る。【位川一郎、高橋昌紀、比嘉洋】


 ◇市場原理機能せず


 「供給過剰と無理な運賃引き下げ競争が、運転手の賃金低下にはね返っている。規制緩和以前に戻ることはありえないが、何らかの対策が必要という点は共通認識になった」。国交省幹部は、タクシー問題を協議した交通政策審議会・作業部会の議論を振り返った。


 タクシー台数や参入は国が地域ごとに調整していたが、02年に大幅に規制緩和された。意欲と能力のある事業者の参入を促し、サービスを向上させる狙いだった。しかし、現実には台数の大幅増と運転手の待遇悪化など弊害ばかりが目立つ。


 タクシーは、利用者がサービスの良い事業者を選ぶのが難しいという特徴がある。一方、運転手の賃金は歩合給が主流で、非効率な事業者でも賃金を下げれば利益を確保できる場合が多い。経営者がリスクを負わないため、自由競争を通じた淘汰(とうた)が起きない構造だ。


 30台以上を持つ全国の事業者を対象にした国交省の調査では、規制緩和をはさんだ01〜05年に、実働車両1台1日当たりの収入は2592円(7・5%)減ったが、運送人件費もほぼ同額の2589円(10・3%)減った。収入減がそのまま運転手の賃金にしわ寄せされたことを示している。


 作業部会では「(規制緩和で期待された)市場原理は働かなかった」「規制は悪、規制緩和なら善という風潮はおかしい」などの指摘が相次いだ。参入・増車の事前チェック強化や減車の仕組みの検討を盛り込んだ国交省の規制強化案は大筋で了承され、規制の再強化が固まった。


 ◇好転、ほど遠く−−先行の仙台


 全国に先駆けて規制を再強化した地域がある。タクシーの過当競争で知られる仙台市だ。同市では02年の規制緩和後、台数が急増し、路上にあふれたタクシーの違法駐車や、最低賃金以下の労働など、運転手の待遇悪化が問題になった。「安全性が損なわれる」として今年1月、国交省が全国で唯一、新規参入と増車を禁止する「緊急調整地域」に指定した。だが、「供給過剰は変わらず、低賃金や収入減の事態は好転していない」との声が強い。


 東北運輸局によると、仙台市のタクシー台数は、02年1月末の2653台から、今年5月末には3690台へ約40%増えた。指定後、一部の事業者は自主的に減車したが、全体ではこの5カ月間で69台減にとどまっている。宮城県タクシー協会の藤島博行仙台地区総支部長は「減車や安全性の改善には今後も努めていきたいが、業界の自助努力には限界がある」と語る。


 運転手の平均年収は、規制緩和前の01年の280万円から07年の210万円へ急落し、その後も下げ止まったままという。仙台市の例は、規制緩和の見直し後も、すぐ問題が解決するとは限らないことを示している。


 ◇細やかな対応を


 昨年の参院選自民党が敗北した後、規制緩和推進の機運は全体として弱まっている。医療や農業をめぐる規制緩和には反発が強く、昨年議論された農地の利用規制の緩和は先送りされた。雇用関連の規制緩和には格差を拡大したとの批判があり、日雇い派遣は禁止される方向だ。


 一方、国交省が狙った空港会社への外国資本の出資を規制する制度の導入は、反対論の噴出で見送られた。タクシー問題の作業部会でも「まともな業者の参入まで排除するのは反対だ」など、規制の再強化の行き過ぎを警戒する主張も出た。


 規制の是非に関する議論は、総論から各論に移りつつある。規制緩和や、強化の一辺倒ではなく、妥当な規制の水準、地域ごとの細かな対応など、丁寧な議論が求められている。


 ◇収入減・労働増、運転手ら「減車を」


 昨年12月、東京都内のタクシー初乗り運賃は660円から50円値上げし、710円になった。運転手の生活を守る名目だった。しかし、歩合制のタクシーの売り上げのうち、運転手の取り分は通常6割前後だ。


 「値上げ分50円のうち会社に20円持っていかれる。乗り控えで売り上げは減った。何のための値上げか」。都内を走る大手系列タクシーの男性運転手は憤る。勤務終了の午前2時から2時間の残業が当たり前になった。


 別の40代男性運転手は、1乗車300円の無線機使用料や乗客のクレジットカード使用手数料は自分持ち。月に最大12勤務(1回19時間)をこなすが、年収は手取り約300万円。規制緩和による増車で収入は増えない。「家族は養えない。独り身です」とため息をついた。


 タクシー会社の経営は、費用の7割が人件費とされ、車両関係費の割合は低い。このため、売り上げが減少した場合、経営者は増車で減収の穴埋めをしようとするのが一般的。その結果、供給過剰、過当競争が生じてしまう。


 「長時間労働で事故の恐れも増えた。とにかく減車してほしい」。運転手たちは口をそろえる。


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 ■タクシーの規制をめぐる経過


99年 4月  運輸政策審議会(当時)がタクシーの大幅規制緩和を答申
02年 2月  新規参入と増車を厳格に規制する需給調整規制を廃止
07年 4月〜 各地で運賃値上げ認可
   12月  東京地区などで値上げ実施
08年 1月  仙台市を緊急調整地域に指定


毎日新聞 2008年7月4日 東京朝刊


 タクシー新規参入規制緩和で、社会問題が生じている。紹介記事にある「経営者がリスクを負わないため、自由競争を通じた淘汰(とうた)が起きない構造」ということが問題の本質である。
 労働条件悪化とともに、運転手の質の低下も目にあまるようになっている。二重駐車など当たり前である。交差点のど真ん中に停車し、タクシー乗り場が空くのを待っていた猛者もいた。信号無視を繰り返し、スピードをあげて走るタクシーに乗ったときには、命の危険さえ感じた。


 タクシー運転手は低収入であり、健康管理に問題を生じている。以前より、タクシー運転手は脳卒中になる確率が高いのではないか、と気になっていた。この半年間でも、数人入院している。このペースだと「タクシー運転手と脳卒中リハビリテーション」というテーマで研究発表できるのではないかとさえ考えている。
 復職の問題も深刻である。自家用車運転までだったら可能かなと思っていても、職業運転手として復帰されるのはこわいと感じてしまう。特にクモ膜下出血後遺症で前頭葉機能障害がある場合、安全性の認識に問題がある。できる限り、運転適性検査を受けてもらい、客観的な指標を使い指導することにしている。


 タクシーは弱者の足である。通院や外出時、足腰の不自由なお年寄りにとって、タクシーは頼りの綱である。高齢社会の進行を考えると、タクシー利用者は決して減らない。利用者の利便性向上と運転手の労働条件改善が鍵を握る。


 タクシー料金が安ければ良い訳ではない。乗ったらアルコールやつまみがでてくる「居酒屋タクシー」など論外である。何よりも安全、安心が第一である。
 介護タクシー業界には優良ドライバーが多い印象がある。ヘルパー研修を受けたことが利用者サービス向上につながっている。同様の方法で、優良タクシーの認定制度ができないかと思っている。例えば、一定の研修(例えば、運転技術、安全教育、接遇、地理知識、観光知識など)を受け、試験に合格すると、「○○地区認定優良タクシードライバー」と表示できる制度ができたら、利用者の利便性も向上するのではないだろうか。タクシーのマル適マークのようなものである。


 タクシー業界は、派遣労働業界と似たところがある。数多く運転手を雇えば、一定のピンハネ率で業界は潤う。しかし、こんなやり方では早晩、タクシー業界は見放されるのではないか。業界の自浄作用が求められる。労働組合の力にも期待したい。運転手の労働条件改善が、タクシー利用者の安心につながる。