後期高齢者診療料ボイコット宣言

 神奈川保険医協会が、後期高齢者診療料ボイコット宣言を出した。理事会声明 「医療現場に無知な、羊頭狗肉の机上プラン 後期高齢者診療料(=登録医制)に抗す」より、全文を引用する。

医療現場に無知な、羊頭狗肉の机上プラン
後期高齢者診療料(=登録医制)に抗す


神奈川県保険医協会理事会(声明)


 今次診療報酬改定で「後期高齢者診療料」が導入される。4月発足の後期高齢者医療制度の実質をなすこの給付は、“後期高齢者を総合的に診る”点数との美名のもと国民に流布されはじめている。この後期高齢者診療料は、粗診粗療と差別医療を強要する梃子であり、登録医制の緩やかな導入である。高齢者医療イコール症状安定医療との誤解、無理解、無知にもとづく低廉な定額払い点数は、現場混乱と高齢者に不幸を確実に招来させる。われわれは後期高齢者診療料に毅然と対処することを宣するとともに、“姥捨て山”政策のこの点数の採用を医療機関に望まぬよう、心から患者・国民に呼びかける。


 この「後期高齢者診療料」は「慢性疾患を総合的、継続的に主治医が診るための報酬」で、「1ヶ月に何回受診しても負担は変わらない」、「どんなに検査や処置を受けても負担は月600円で変わらない」と、非常によいもののように報道されている。しかし、内実は全く違っている。
 「後期高齢者診療料」は主病の1医療機関管理、年間診療計画の作成、医師の4日間の研修を要件に月6,000円と設定された。これは医学管理、検査、処置、画像診断の費用を包括したものである。
 4月実施の新医療制度、75歳以上を対象とする後期高齢者医療制度は06年度の老人医療費を基準に設計されている。それに照らすと、包括項目の医療費合計は7,716円(平成18年社会医療診療行為別調査)であり、6,000円は▲27%ととても低い水準である。しかも、この7,716円は平均像であり、肺炎など急性疾患や糖尿病の服薬管理の患者は、検査・レントゲンなど平均水準以上の医療費を実際に要しており、6,000円は極めて低い水準である。
 厚労省は昨夏以降、後期高齢者の外来診療のイメージとして年2回の血液検査、年1回のレントゲンと、非常に手薄な医療モデルを提示し議論を主導、診療計画書もこの医療内容で例示がなされてきた。この内容で試算をすると4,449円となり、多少、色をつけて6,000円となる。急性増悪の際に5,500円以上の検査・処置は別に算定できるとしたが汎用項目に該当はほとんどなく、超音波検査(5,300円)も別には算定できない。つまり医療内容軽視の報酬が実態なのである。
 採算割れのこの報酬に、既に医療現場では疑問と疑念が渦巻いている。


 そもそも、後期高齢者医療制度は、その医療給付である診療報酬は別建ての独立したものが検討されてきた。そして、それは制度の草案当初から「終末期に向かうための医療」の口実のもと、低廉で低額な包括報酬と観測され、報酬水準の低さが非常に心配されてきた。事実、06年の国会でこの問題が取り上げられ、厚労省は否定に躍起となっている。結局、路線転換が図られ一般の報酬の中での設定とされたが、制度創設の本願が高齢者医療の抑制であり、保険料滞納者の保険証返還(10割負担)と同様、“姥捨て山”政策は「後期高齢者診療料」にも貫徹されたのである。


 これら一連の後期高齢者政策の根底には高齢者医療への厚労省の無知、無理解が厳然とあり、演出される情報操作とあいまって犯罪的である。
 根本的問題として、年齢による医療内容の区分には理由がない。75歳を境に突然、病態が変化するのではない。高齢者は血管病変を特徴としており、脳血管疾患、心臓病、腎臓病と複数疾患を併発する。よって主病をひとつとし1医療機関で一元管理をするのには無理がある。
 また老人患者すべてが慢性疾患ではない。ガンの6割は65歳以上であり、その半分は75歳以上が占め、脳血管疾患の8割は65歳以上であり、その7割が75歳以上(医療費ベース:厚労省資料)である。急性疾患は多くあり、手薄い医療モデルは実態を歪曲している。
 しかも、後期高齢者は急変、急性症状を繰り返しやすく、予見不能であり年間の診療計画は無意味である。更には無熱性肺炎や無痛性心筋梗塞など、後期高齢者は症状や訴えが乏しいため診察・診断が難しいという医療の特性があり適正な診療報酬での評価は必須である。
 その上、糖尿病、循環器と医療機関が専門分化している現状を踏まえず、一元管理をする医療機関に向けた後期高齢者の心身特性や診療計画作成のため4日間の研修を行うとしているが、実効性や研修効果が非常に疑問である。


 この「後期高齢者診療料」は、一昨年の国保中央会の登録医制導入の提案と軌を一にして具体化がはかられてきた。最終的に「総合医」や「高齢者担当医」など登録医を連想させる名称使用は断念したが、実質はとった格好となっている。国保中央会は、法制化を先頃、唱え始めてもいる。
 厚労省医療課との懇談・交渉では、再三再四、「患者が選ぶ」と官僚諸氏は強調した。マスコミを通じ、主治医を決めると執拗に流されてきた。患者と医療機関を「1対1」の関係性に縛り一元管理としフリーアクセスを奪っていく企図は透けている。「後期高齢者医療診療報酬Q&A」を急遽出し、フリーアクセスを否定するものではないと周知した厚労省の姿は、その証左でもある。
 「後期高齢者診療料」の医療機関は、ほかの医療機関との連携調整をし重複投薬の是正も役割として担わされるが、手間ひまの問題から実質的には他科の薬剤も当該医療機関で処方するようになる可能性が高い。一元管理の仕組みは織り込み済みなのである。


 以上にみるように「後期高齢者診療料」は総合的に診るとの美名のもと、患者に大いなる幻想と誤解を抱かせ、医療現場には粗診粗療を強要する、欺瞞に満ちた「偽装」制度である。よって「後期高齢者診療料」の医療機関での採用や患者からの希望は、現場混乱と現場矛盾を悲惨なものにしていくことは火を見るより明らかである。
 当会の会員調査では既に県内の8割の開業医が反対を表明している。


 われわれは、高齢者がいつでも、どこでも、誰でもが医療機関にかかれ、われわれも治療に最善をつくせるよう、この「後期高齢者診療料」に眩惑されず、出来高報酬を堅持していくことを改めて表明する。


2008年2月28日


 本声明でも触れられている「会員調査」の結果を示す。医療運動部会ニュース 「高齢者担当医制(=登録医制)、開業医の8割が反対 総合診療計画は無意味 緊急アンケートで判明」より、こちらも全文を示す。

高齢者担当医制(=登録医制)、開業医の8割が反対
総合診療計画は無意味 9割が否定
4日間の研修、6割が受講の意志なし 緊急アンケートで判明


 4月の診療報酬改定で「高齢者担当医制」(=事実上の“登録医制”)の導入が中医協で示されている。この問題に関し医療現場の声の把握を目的に、当協会では緊急アンケートを医科会員(3,210名)に実施(1月17日−25日、回答268件)。8割の会員が制度導入に「反対」していることが判明した。
 この高齢者担当医制とは、4日間の研修を受けた医師に届け出をさせ、75歳以上の患者の「高齢者担当医」とし、患者の年間「総合診療計画」を患者の同意・署名のもとに作成し、その患者に対し包括払いの診療報酬を1医療機関のみが算定する制度。患者と医療機関を「1対1」の関係性に固定することを想定している。
 アンケート項目は、1)制度への賛否、2)研修の受講意向、3)計画作成の評価、4)初再診料の操作の4点。以下の概要をご覧願いたい。


研修の意味、診療が4日間ストップすることへ疑問続出
 1)高齢者担当医制度への賛否は、賛成4.8%、反対79.4%、どちらともいえない14.9%と反対が8割を占め、75歳での制度の線引きに疑問の声があった。


 2)4日間の講習受講の意向は、全くない41.4%、あまりない18.7%と、合わせて6割(60.1%)が受講の意志がないと回答。また、どちらともいえない21.3%、少しある4.1%、ある12.3%と、「受講の意志あり」は2割を切っている(16.4%)。意見では「意味のある研修を行えるがどうか疑問」「4日間の研修は短すぎる」「何を研修させるのか知りませんが1日でも大丈夫なのでは」や「4日間診療をストップさせるのでしょうか」と疑問が続出。研修を受けるとの回答者は理由に「孫と一緒に来る高齢者に他に行きなさいと言いにくい」と挙げたものや「制度化されれば不本意ながら届け出ることになる」と消極的なものが目立った。


「診療計画」作成 良いは僅か3% 否定が大勢
 3)年2回の血液検査、年1回の胸部レントゲン程度の診療を想定した「総合診療計画」の作成については、非常に問題がある70.5%、少し問題がある15.3%と問題性について、85.8%が指摘。一方、どちらともいえないは10.8%にとどまり、かなり良い2.2%、非常に良い0.7%と両方合わせても3%に満たず、医療現場では完全に否定している。
 意見では「高齢者の個々人を考えると計画は無意味」「作成する時間などない。高齢者は予見不能」「長年通院している患者に計画を作成できるのか」「検査の回数規定は医師の裁量権侵害」「特に、糖尿病。ワーファリン内服者は毎月採血が必要。全て包括は問題あり」「肺炎などの場合、年2回の採血、年1回の胸部X‐Pでは対応できない」「患者も束縛を感じ不安になるのでは」と、現場に即した異論が噴出している。


「再診を大切にするのが、老人医療だと思う」
 4)後期高齢者の初診の引き上げと再診料の引き下げのセット提案については、賛成1.5%、反対81.0%、どちらともいえない15.7%、と多くは企図を見抜いている。
 「初診の人などは少なく言語道断」「殆どが慢性疾患の再診だ」「これ以上いじらないで欲しい」「変更する根拠が不明確」との意見多く、「再診を大切にするのが、老人医療だと思う」と至言も寄せられている。


高齢者医療の無知に憤り 医師酷使で租診租療の懸念も 4割が自由意見を記述
 自由意見欄には98件(36.4%)と、非常に多くが記載。「老人の医療の崩壊を招く」、「医療費抑制を目的とする登録医制だから反対」、「全体として形式すぎる」、「患者のフリーアクセスを奪うので反対」、「医療は商行為ではない。計画作成は客観的にすっきり見えるのだろうが、全て本末転倒」、「実施は不可能」、「主治医権の剥奪を伴っており、診療所は閉院に追い込まれる」、「高齢者医療はそんなに単純ではない」、「医師を酷使する案。租診租療になる」、「診療報酬をいじるより高齢者医療を無料にして欲しい」、「個人差が大きくちょっとした事で容易に合併症を引き起こす高齢者の特性を全く考慮に入れていない」、「事務手数が増えそう。介護保険の意見書で手一杯」、「今、3人の医師にかかっているが、この制度で非専門的な医師が全てを診れるのか、その責任は?との一般の投書も既にある」、「高齢者の健康状態は変わりやすく画一的な計画による診療は出来ない」「主治医を変えたい場合にどうするのか」、「75歳以上の患者に高度な医療を受けさせないのが厚労省の目的」「高齢者の慢性疾患管理に対し知識がなさすぎ」、「全員で研修のボイコットを」、「研修内容も不明、周知もない。制度の先行きが不安」、「非常に問題のある制度だが、国民にほとんど説明されていない」、と噴出。高齢者医療そのものへの不理解、認識不足を医学・医療の観点からの批判が大半を占めている。
(2008年1月30日)


 以前、本ブログでも後期高齢者医療制度の問題を何回かとりあげた。中医協答申−後期高齢者医療制度というエントリーに澤田石先生が重要な指摘をしている。全文を引用させていただく。

 厚労省の医療費適正化原理主義からすると、後期高齢者診察料を算定しない場合は、それまで通りに出来高払いということでは「ない」と予想されますが、そのことについての記載は私が探したところ見つける事ができませんでした。いかがでしょう。
 別のコメントでもふれましたが、65才〜74才の障害者(1〜3級)は自動的に本人の同意もなく後期高齢者の保険制度に組み込まれてしまいます。4月1日から、そうならないためには、3月31日までの障害認定の撤回を申請したら良いとのことです。そのことを広く65才〜74才の障害者(1〜3級)に周知している事実を見つけることはできませんでした。


 冷酷無比な仕打で私は信じられない思いです。障害認定の撤回は、4月以降でもできるとのこと。厚労省は65才〜74才の障害者(1〜3級)が後期高齢者医療制度に強制加入させられると、不利になる場合があることをよく認識しているから、そのような「逃げ道」認めているのではないでしょうか。障害認定の撤回により後期高齢者扱いされるのとどちらの被害が少ないのか、そのような不幸な方々が正しく判定することなどできないと思われます。
 またさらに冷酷なことがあります。障害者(1〜3級)は老健対象者なので資格証明書の発行対象外ですが、後期高齢者医療においては、保険料を滞納した障害者に対して広域連合が資格証明書を発行することが「義務」になります(高齢者医療制度に関するQ&A 平成18年7月18日の問24)。


 厚生労働省は医師らに患者さんに対して説明の上での同意を求めており、それは当たり前のことですが、厚労省は新制度の導入にあたり冷酷な仕打をされる後期高齢者の方々や、65才〜74才の障害者(1〜3級)に対して、説明など一切なく、同意を求めるという発想がそもそもないようにしか見えません。
 私はここで述べたような2点だけでも、行政事件訴訟法を根拠に提訴する十分な理由になると思います。国会議員の中でこのようなことが実施されることを知っている人はおそらくほとんどいませんし、報道機関も気付いてないと思います。
 私は来週から、ご家族への説明文の雛形集にこれらの問題説明文を追加しようと思います。


 後期高齢者医療制度の実態について、分析があちこちで進んでいる。人権無視、粗診粗療といった恐ろしい実態が明らかになってきている。


 当院関連の診療所であてはめても、結果は神奈川保険医協会と全く同じ結果となった。はっきり言って、こんな点数なんかでやっていられない。元気な病気がたったひとつしかない高齢者だったら何とかなるが、複数の疾患を持ち、毎月、血糖検査やワーファリンコントロールのチェックをしなければならない場合には、減収となる。そもそも、未だに「後期高齢者の心身特性や診療計画作成のため4日間の研修」の日程が明らかになっていない。介護保険創設時と比べ、あまりにも杜撰である。


 この間、厚労省が行ってきた様々な医療改悪に、医療機関は「過剰適応」しすぎていた。制度改定に対応し、患者と医療機関経営を守ってきた。物言わずに淡々と行ってきたその行為自身が新たな改悪を産み出してきた。


 神奈川保険医協会を見習おうと思う。当院関連の診療所所長に次の提案をしたい。

  • 後期高齢者診療料を算定しない。
  • 後期高齢者の心身特性や診療計画作成のため4日間の研修」に参加しない。


 病院としては、次の対応をしたい。

  • 後期高齢者診療料で作成する診療計画にあらかじめ定められた緊急時の入院先になることを拒否する。


 上記方針を明確にし、後期高齢者医療制度廃止を目指すことを病院ホームページで公開することにしたい。