厚労省報告書から介護事故報告件数が削除された経緯

 昨年3月に、次のような記事が報道された。

 

 本記事の元データは、第17回社会保障審議会介護給付分科会介護報酬改定検証・研究委員会(平成31年3月14日)資料資料1-6 (6)介護老人福祉施設における安全・衛生管理体制等の在り方についての調査研究事業(結果概要)(案) [PDF:741KB]の10ページと資料1-7 (7)介護老人保健施設における安全・衛生管理体制等の在り方についての調査研究事業(結果概要)(案) [PDF:1,123KB]の9ページにある。

 

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 両報告の欄外に記載されている数値、介護老人福祉施設からの「死亡」事故報告件数772施設1,117件と介護老人保健施設からの「死亡」報告件数275施設430件を合計した1,547件が新聞報道されている。なお、有効回収率は、市区町村調査で1,173ヶ所67.4%となっている。調査の限界はあるが、相当数介護サービスに伴う死亡事故が起こっていることが推測できる。

 最終報告書は、第170回社会保障審議会介護給付分科会(平成31年4月10日)資料(6)介護老人福祉施設における安全・衛生管理体制等の在り方についての調査研究事業(報告書)(案)  [PDF: 16,790 KB]と(7)介護老人保健施設における安全・衛生管理体制等の在り方についての調査研究事業(報告書)(案)  [PDF: 8,344 KB]にまとめられている。介護老人福祉施設の方の報告書(案)の末尾に元になった調査票が記載されている。

 

 介護事故に関する市区町村票の質問事項は下記のとおりである。

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 介護老人福祉施設に関する報告書案187ページに上記内容に関する報告書(案)の記述がある。

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 詳細にまとめられた報告書(案)のなかで、介護事故報告件数に関する記述が見事に抜け落ちている。もっとも興味あるデータがない理由を探したところ、第17回社会保障審議会介護給付分科会介護報酬改定検証・研究委員会(平成31年3月14日)議事録に介護事故報告件数を報告書に入れなかった経緯について、次のようなやりとりが記載されていることを確認した。

○今村委員 1-7にもあるのですけれども、1-6の10ページ目に、小さな字で書いてあるコメントなのですが、ここで死亡者数が報告数として書いてあって、この死亡者数というのは非常に曖昧な数字なので、ひとり歩きする危険性のほうが高いので、私は今回出すことには余り賛成できません。
そもそもどんなことを安全体制として報告させていますかという調査をしていて、それぞれのところがばらばらな基準で安全報告をしている中で、その中でお亡くなりになった数なので、違う基準で報告されているものだと思うのです。ですから、その違う基準で報告されているものを、今、それぞれが違う基準だということの報告を求めているのが違うということを証明している調査の中での実数というのは非常に曖昧だと思うのです。
それに、介護施設で亡くなるという事故の概念も非常に難しいと思うのですけれども、家でもこけますし、転落もしますし、誤嚥も起こしますから、普通に起きていることを事故として報告しているかどうかもそれぞれの施設によって違うと思うのです。ですから、そういう基準が違うもので報告されてきた数字で、これはもしかしてひとり歩きすると、ものすごくセンセーショナルな数字になっていく可能性があるので、私は今回、こういう注のような形でも出すことは賛成できません。
ただ、放っておいてくださいということではなくて、もっと基準をはっきりとして、報告基準なりはっきりとしたものを調べていくということは今後必要だと思うので、今、既に調査項目は決まっているかもしれませんけれども、今後、こういうことが実際の数字として出てきている以上は、踏み込んだ調査を別途、考えてもらうというのが筋なのかなと。それを約束してもらえるのであれば、ここでこの数字を出していくことは、その危険性のほうが高いと思いますので、御検討いただければと思います。
○藤野委員 小坂先生、お願いします。
○小坂委員 7番のほうの委員長をしています小坂です。
これは本当に研究班の中でも議論されたことなのですけれども、ヒヤリ・ハットも事故も、非常に定義が曖昧なのです。イギリスなんかの調査だと、65歳以上の3分の1が転倒します。それから、80歳以上だと5割の人が家でも転倒するわけです。そうすると、家でどのぐらいの人が転倒したり事故が起きているかということとの比較なしに、介護施設だけの死亡者を取り出して、多いとか少ないと言うこと自体はナンセンスだと思っているのです。
ですから、誤解されるようであれば、本当にこれがひとり歩きしないような対応をとるべきだろうと私も思います。
○藤野委員 ありがとうございます。
こちらは、事務局のほうから何か御意見がございましたらお願いします。
○眞鍋老人保健課長 老人保健課長でございます。
介護老人福祉施設と介護老人保健施設の両方について、同じような調査票がございまして、私どもとしては、社会的注目が高かろうと思うということで、このように用意をさせていただいた次第でございます。
経緯を御説明させていただきたいと思いますけれども、そもそもこの調査の目的というのが、資料1-6の冒頭にございます。1ページに➀、➁、➂とございまして、目的は、分科会で宿題としていただいたものを我々がかみ砕いたものでございますけれども、まずは特養、老健における安全管理体制の実態を明らかにし、そして、➁は老健から市区町村への報告件数や報告方法がどのぐらいばらついているのかという、方法について検証すること。そして、その報告された内容を、市区町村においてそれらの施設で発生した情報収集活用状況の実態を把握することでございます。
ですので、調査票もそのようなつくりになっていまして、市町村で報告された件数を、そのまま集計したものでございます。例えば分析ですとか、これをさらにブレークダウンして、例えば何によるものであるということを分析できるような仕立てにはなってございません。それはもともとこの調査の目的が、ばらつきを調べる、実態を調べるということであったからでございますので、今、今村委員からの御指摘はそのとおりだと思っておりますし、私どもとしては、調査自体の目的は達成していると認識をしております。その中で出てきた数であって、確かに今村委員がおっしゃるとおりで、これがひとり歩きすることについて私どもも危惧をいたしますので、もしよろしければ、今、御指摘があったようなことも含めて、きょうは御不在ですが松田委員長とも御相談させていただいて、分科会への報告内容に関する取り扱いについては、そこで御相談をさせていただければと思っている次第でございます。
○藤野委員 今の御議論につきまして、委員の先生方、いかがでしょうか。
福井先生、お願いします。
○福井委員 資料1-6の調査の委員長をさせていただいておりますが、今、課長がおっしゃったような内容、また今村先生から御指摘いただいた内容を委員会の場でも相当、各いろいろな専門的なお立場の委員が懸念されているという状況の中で、この事業の目的は、事業者を引き締めるという方向ではなくて、まだ十分にはできていない、国と都道府県と市町村の仕組み、できればフィードバックをして、現場の方たちの意欲向上につながったり、質の向上につながったりするための初めての実態調査という位置づけになることを願うということが頻回に発言されましたので、そのような位置づけでの数字が出てきたと考えていただければと思います。今村委員がおっしゃったことも、プラスに行くようなメッセージの数字として、この資料が活用されればと考えております。
○藤野委員 ありがとうございます。
今の件は、1-6、1-7の御指摘とお取り扱いについても同様にということでよろしいですね。 

 

 日本医療安全調査機構が行う医療事故調査制度概要https://www.medsafe.or.jp/modules/about/index.php?content_id=2を見ると、医療の安全を確保し医療事故の再発防止を行うことを目的に、医療事故の収集・分析が積極的に行われている。それに対し、介護事故に関しては大幅に周回遅れの状況にあると言わざるえをえない。家でも転ぶから介護施設での転倒死亡事故報告をすることはナンセンスという主張は理解に苦しむ。転倒リスクが高い利用者に対し、予防策をとらずに介護事故が起こった場合には責任は免れないという意識が決定的に欠けている。なお、引用した図にも記載されているが、介護老人保健施設では、転倒に伴う死亡事故でも施設の49.2%しか市町村に報告されていない。

 介護事故に関する貴重な調査結果を厚労省は出すつもりがないことがわかった。残念ながら、教訓を得ることができず、各施設がそれぞれ手探りで対策をとるしかないのが現状である。

 

<追記>

  福岡市では、介護事故報告を公開しており、非常に参考になる。