河原ノ者・非人・秀吉

 服部英雄著「河原ノ者・非人・秀吉」を読んだ。

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河原ノ者・非人・秀吉

河原ノ者・非人・秀吉


 本書は、第一部 河原ノ者・非人と、第二部 豊臣秀吉とに分かれている。前者は、中世史の観点から被差別民の歴史を叙述している。後者は天下人秀吉の姿を賤の視点から解き明かしている。


 被差別民は、1)河原ノ者、2)非人、3)声聞師(唱門師)に大別される。
 河原ノ者は、皮革製作が主な仕事である。武芸の鍛錬として重要視された犬追物においては、犬の捕獲や行事の進行に深く関わった。穢れある仕事に従事する屠者として賤視されてはいたが、特殊技能集団として重用され、そのことに誇りを持っていた。
 非人の基本は物乞いで、喜捨の対価として芸能を供与した。この集団のなかにはハンセン病患者がおり、宗教活動の重要な対象として扱われていた。東大寺興福寺清水寺善光寺などの庇護のもとにある一方、その寺社の軍事力としても動員されていたことをみると、病苦者は少数・例外だった。
 声聞師は、陰陽道、呪術、芸能などに従事していた。
 三者は、職業の違いによる集団として区別され、それぞれ同業集団として組織されていた。各集団は下賤民として位置づけられてはいたが、それぞれの役割に応じて権門に奉仕しており、社会にとって重要な一部を構成していた。
 文献資料やフィールドワークをもとに専門的な考察がなされている。中世に被差別民がどのような生活をしていたかを知るうえで貴重な資料が数多く提供されている。寺社仏閣などの史跡を訪れる時に、新たな視点で拝観してみる契機となる。特に、奈良の北方にある般若寺はハンセン病の歴史を考えるうえで重要な位置づけにある、ということが示されている。一度は訪れてみたいものだと思う。


 豊臣秀吉は毀誉褒貶が多い。低い身分から天下人まで上り詰める姿に庶民の人気が集まる。一方、無謀な朝鮮出兵や晩年の暴虐ぶりには眉をひそめたくなる。TVや映画でも秀吉の前半生のみを取り上げるものが多い。
 秀吉は、一般的には尾張中村の百姓の出とされているが、本書では、義父との折り合いが悪くなり、一時的に清洲城下で非人集団に身を落としていたということを主張する。針を売り、猿のように栗を食べるといった大道芸で身を立てていた状況と、当時の被差別民の状況と比較して立証を勧める。戦国時代における実力主義のもと、最下層の身分から這い上がった姿がより鮮明になる。
 後半では、秀頼が秀吉の実子ではないことを示すとともに、なぜ、秀吉がそのことを黙認したかを示す。後継者として目されていた秀次一族粛正事件の意味、北政所や豊臣恩顧の諸侯が関ヶ原で徳川方についた理由などが解き明かされる。この部分は、第一級の推理小説を読む味わいがある。なお、ブログで種明かしをするのは憚れるので、詳述しないことにする。


 本書、特に第一部は門外漢にとっては難解な学術的記述が多く、一般書としてはあまりお勧めできるものではない。差別の歴史について興味がある私のような酔狂ものが趣味的に読む類のものである。一方、第二部は戦国の歴史に興味があるものにとっては刺激的な部分である。潜在的な読者層を考えると、700ページを超える本書のうち第二部180ページ分だけを独立させて新書として発行すれば、ベストセラーになっても不思議ではない内容だと思う。