脳障害者の自動車運転

 第49回日本リハビリテーション医学会学術集会(5月31日〜6月2日)が福岡で行われた。中でも、興味深かったのが、「脳障害者の自動車運転」というシンポジウムだった。口演や質疑応答で印象に残った点をメモする。


1.認知症と自動車運転(高知医大神経精神科学 上村直人先生)*1
 日本の認知症患者は約250万人存在し、高齢者の運転免許保有率を考慮すると少なくとも28万人程度の認知症ドライバーが存在している。
 認知症は本人自身の病識低下があり、進行しても中止勧告に従わず運転を継続している。病状申告書で病状チェックが行われているにもかかわらず、多くの認知症高齢者は免許更新に成功している。
 事故例も多い。アルツハイマー型では、迷子になる、枠入れでぶつける、という特徴がある。一方、前頭側頭型認知症(ピック病)では我が道を行くという特徴があり、信号無視などによる重大事故を起こしやすい。
 心理社会的問題も含め、認知症の自動車運転についての対応を進めていく必要がある。


2.総論・運転中の脳機能画像(首都大学東京大学院人間科学研究科 渡邊修先生)
 機能的近赤外分光法(functional near-infrared spectroscopy: fNIRS)という方法を用いて、ドライビングシミュレーター運転中の脳活動を計測した。その結果、健常者において有意な活動を示した領域は、両側の前頭葉、側頭葉、頭頂葉に及び、左大脳半球より、右大脳半球でより広範に活動した。
 運転における認知機能は、運転計画を立てる認知レベル(strategic level)、運転中の安全性に配慮する認知レベル(tactile level)、基本的な運転技術に関する認知レベル(operational level)がある。まず、strategic levelでは左右の前頭前野を主体とした遂行機能が動員される。そして、tactile levelやoperational levelでは、脳内の情報処理速度や判断・感情面のコントロールが求められ、前頭前野の背外側部や眼窩面の機能と関係する。空間認知機能も必須となり、右角回・縁上回が関係する。実際の運転操作は視覚情報の運動への変換という過程を踏み、後頭葉頭頂葉前頭葉(前運動野)のネットワークを要する。以上の運転に関する認知的操作は、選択的注意、分配性注意、持続性注意などの注意機構supervisitory attentional controlが重要であり、前頭前野にある。


 以下、各論。いささか乱暴だが、各演者がした同じような内容をまとめて記載。
3.脳卒中患者の自動車運転再開(東京都リハビリテーション病院リハビリテーション科 武原格先生)*2
4.高次脳機能障害者の自動車運転再開(産業医科大学リハビリテーション医学講座 加藤徳明先生)
5.脳卒中患者の運転補助装置(国立障害者リハビリテーションセンター自立訓練部機能訓練課自動車訓練室 熊倉良雄先生)


 脳卒中や頭部外傷では、自家用車運転再開が問題となる。どのような障害までなら一般ドライバーと事故率において差がないのかは、日本においては一般的な見解はない。運転再開可能と考える基準を高く設定するほど、本来運転可能な患者が運転できなくなる。一方、低く設定すると危険な運転者を生み出す。なかでも問題となるのは、主治医など医療関係者に相談せず運転を再開する者である。この分野に関する研究の重要性は高まっている。
 片麻痺では、上肢が廃用手でも運転は可能である。下肢機能に関しては歩行可能であることが条件となる。
 脳障害で問題となるのは、高次脳機能障害と半盲である。特に、視野障害は見落としがちなので注意が必要である。歩行時には問題なくても、自家用車運転では重大事故につながる。
 高次脳機能障害の中で、失語症はあまり問題とならない。ただし、事故を起こした時に自分の状態を説明できる程度の言語能力(MMSEで25点程度)は必要である。
 運転に関係する高次脳機能としては、運転計画に関わる遂行機能、操作に必要な視空間認知能力、選択的注意、分配性注意などの注意機能などがある。右半球障害、前頭葉機能障害が問題となっている。
 神経心理学的検査でスクリーニングを行う。有用な検査の代表がTrail making test(TMT)である。選択的注意、分配性注意を評価できる。TMTなど神経心理学的検査で運転不許可者を選び、次の段階で簡易自動車運転シミュレーションを行い、ふるいをかける。基準を満たせば、協力してくれる教習所での実車運転評価を行う。一般ドライバーでも事故を起こしやすい人は、反応が突発的に遅れる、先急ぎの傾向がある、車間距離を十分とらない、という特徴があり、簡易自動車運転シミュレーションでチェックする。
 重度の感覚障害を有する右片麻痺患者では、アクセルペダルの改造は必須と考えるべき。クローヌスも問題となる。その他、ハンドル操作用ノブ(旋回装置)や運転補助装置(ウィンカー、ライト、ワイパーなど)の改造が必要となる。


 総合討論の中で公安委員会指定の診断書に対する不満がフロアから噴出した。日本語の文章とは到底思えないとの指摘が多数あった。その中で、座長の三村將先生(慶應義塾大学精神医学講座)は、次のような指摘がされた。「診断書はあくまでも医学的問題による運転可否のチェックにすぎない。調べてみたが、脳障害者の診断書を書いたことで医師が法的責任を問われた事例はなかった。」
 てんかん発作に関し、次のような内容の討論があった。「経過中にてんかん発作を起こしていた場合には、てんかん学会のガイドラインに従えば良いが、まだ起こしたことがない場合にはどう考えるのか。」「個人的な意見だが、皮質下出血の場合には運転を許可できない。被殻出血や視床出血では大丈夫と考え、許可する。問題は皮質領域を含む広範囲梗塞。悩むところである。」「自分たちがやっているようなチェック方法で、もし事故が起こった場合、これ以上何をすれば良いのか、ということを訴えるしかない。そのためにも、しっかりと評価をし、説明した内容を診療録に残すようにしている。」
 シンポジウム自体、立ち見もでる盛況で、議論も白熱した。関心の高い旬な話題だったことは間違いない。明日からの臨床にどう役立てるかということになる。


 展示されていた簡易運転シミュレーターである。実売価格は100万円以上で、リハビリテーション病院で導入するところも増えているとのことである。発売が2011年だったこともあり、被災3県への導入実績はないという話だった。


 当院の建替えにあたり、導入することも検討したいが、やはり高額なのがネックである。当院では、脳障害者の自動車運転に関しては次のような流れで対応することになるだろう。

  • まずは、ADL、特に移動能力の改善を目指すことを説明する。少なくても病棟内監視歩行以下にとどまっている場合には、運転を許可できないと伝える。できる限り、屋外歩行、公共交通機関利用レベルになってから考えましょうという合意をつくる。
  • 視野障害については、忘れずにチェックする。対象となる場合には、眼科に依頼する。
  • 神経心理学的検査をセットで行う。特に、TMTの結果に着目する。
  • ここまでクリアした場合には、教習所で実車でのチェックを受けることを推奨する。



 博多名物の屋台である。学会参加者は、日中の活発な討論と夜間の旺盛な交流のせいか、いささかお疲れモードだった。帰りの福岡空港では、参加証の青い名札をまだつけているスーツ姿を数人見かけた。明日から、また忙しい臨床の場に戻る。学会で得たエネルギーを生かしていきたい。