経団連提言「高齢社会に対応した住まい・まちのあり方」

 経団連:高齢社会に対応した住まい・まちのあり方 (2012-05-15)が公表された。高齢社会の本格的到来を踏まえ、市場の拡大を見据えた経済団体の考え方が伺える。【本文】より、内容の一部を抜粋する。

II.高齢社会の現状

  • 都心部を中心に、単身あるいは夫婦のみ世帯が高齢者層に増えていることに鑑みると、世帯構成の状況変化に応じた居住環境の整備が欠かせない。
  • 同じ 65 歳以上でも個人個人の身体的な違いや就労の有無といった社会・経済的な活動面での違いは大きくなり、特に健康状態による影響が顕著に現れる。
  • 同世代人口に占める割合を比べてみると、実際には8割以上の人が人生の最終段階近くまで健常者であり、要介護、要医療状態に ある残りの人々を、健常高齢者を含めて如何に社会全体で支えるのかという発想も求められる。
  • 国内市場として、今後の成長・拡大を見込むことができる数少ない領域と言える。60 歳以上世帯の消費市場は、今後の高齢者増に伴い、2015 年には 72 兆円で市場全体の4割を占め、2030 年には 77 兆円で5割を占めるとの推計もある。


III.高齢社会のあるべき姿

1.住まい

  • 後期高齢者の4割近い10人が特別養護老人ホームや有料老人ホーム等の介護サービス付住宅への入居を希望しており、この傾向は、今後より高まる見込みである。一方で、高齢者住宅・施設の定員数は 2011 年1月時点で約 155 万人と 後期高齢者人口の 11%程度で、供給不足状態となっており、今後もこうした需給ギャップが続くと見込まれる。
  • 生涯にわたって快適な生活を送るためには、 リフォーム等による住宅のバリアフリー化・ユニバーサルデザイン化を進め、利便性・安全性を高めることが必要となる。しかし、基本的なバリアフリー化に対応済みの住宅は 9.5%にとどまり、借家においてはわずか 3.9%という状況にある。
  • 高齢者が居住する同じ地域の中でニーズに応じた住み替えが円滑に進むような施設・環境・サービスを一体的に整備していくことが、住民の満足度と地域全体としての魅力の向上につながる。
  • わが国では、 介護保険3施設及びグループホームを加えた施設系の全高齢者に対する割合が 3.5%であるのに対し、シルバーハウジング、高齢者向け優良賃貸住宅、有料老人ホーム及び軽費老人ホームを合わせた住宅系の割合はわずか 0.9%と、高齢化が進む先進諸外国と比べても住宅系が著しく低い状況にある。全体として 施設系と住宅系のバランスの取れた整備が必要である。
  • 基本的には、利用者の自由な選択に資するという観点から、一定以上のサービスの質及び事業者間の適正な競争環境が保たれることを前提に規制を緩和し、需給不均衡を是正すべきである。
  • 高齢者のニーズに応じた十分かつ多様な住まいの選択肢を確保した上で、これを分かりやすく提示する必要がある。
  • 2011 年度に国土交通省厚生労働省の共管により、「サービス付き高齢者向け住宅制度」を創設する改正高齢者住まい法が成立し、従来の「高齢 者向け優良賃貸住宅」、「高齢者専用賃貸住宅」、「高齢者円滑入居賃貸住宅」が一本化された。しかし、依然として種別が多すぎることと、その区分が複雑で分かり難いことから、利用者視点による一層の簡素化が求められる。

2.まちづくり

  • 高齢者の行動範囲は、当然のことながら個々の住まいの内にとどまらない。 商業施設、公共施設、病院等やその周辺、目的地に至るまでの交通手段を含めて、まち全体のバリアフリー化・ユニバーサルデザイン化の対応が必要である。
  • 高齢者の移動を容易にするための工夫や都市機能拡充に向けた再開発が住民を巻き込んだ形で実現されるべきであり、都市構造のコンパクト化の視点が不可欠となる。とりわけ高齢社会で重要なポイントとなるのが、「医職住」の近接化である。
  • 高度成長期に新しく開発された郊外型ニュータウンが典型的な例であるが、当時 30 歳半ばの世帯主が初めて住居を構える家族が主な住民であったため、40~50 年を経過して子供も巣立ち、 当初の世帯主がいなくなる頃にまちも老朽化を迎えることになる。新しい世代の入居が進むまちでは世代交代による活性化が図られ、ストックの更新も続けられるが、人口減少・都心回帰の流れの中では、まちの魅力を高める努力をしなければ、衰退の一途を辿る恐れが高い。
  • 郊外や地方にある住宅地では、若い世代そのものが減少していること もあり、ドイツで盛んなクラインガルテンを含めた退職者コミュニティや週末コミュニティを作ることも有効である。
  • 高齢社会が抱える多くの課題への最も有効な解決策は、健康で自立した高齢者を増やすことである。健康づくりのビジネスはすでに盛んに行われており、一層の拡大が見込まれる。ICT を活用した身体データ、診療データの蓄積を通じて健康増進や予防医療サービスを提供することによって、高齢者が生き生きと暮らせるまち全体の取り組みも重要である。

3.サービス

  • 重要なのは、様々なニーズを持つ高齢者が安心して暮らせるよう、状況に応じて利用者に分かりやすい選択肢が用意され、実際にはシームレスかつワンストップでサービスが提供される仕組みが確立されることである。その前提として、特定のサービス提供者だけですべてのニーズを満たすことは不可能であり、業種・業態を超えた縦横の連携が図られた上で、トータルオーガナイザーとして音頭をとるべき存在が不可欠となる。
  • 高齢者人口の増加に伴って都心部で介護や医療の需要が爆発的に増加することで、必要なサービスを受けられない高齢者が大量に生じることが懸念される。
  • 全国津々浦々に人材を展開する民間事業者のノウハウと資源を活用すれば、効率的に体制を整備することが可能である。しかし、介護保険が適用となる訪問介護サービスは介護福祉士もしくは一定の研修を受けた訪問介護員にしか実施することができず、資格を持たない民間事業者の従業員が対処することはできない。地域全体で高齢者を支えることを念頭に、介護福祉士等の限られた人材の負担を減らすためにも一層の民間活用を進めるべきである。
  • 国内の人材確保の努力と併せて、海外の人材活用も積極的に進めるべきである。
  • 自ら移動の手段を持たない高齢者を中心に、買い物弱者と言われる日常の買い物が困難 な状況に置かれている方が全国で 600 万人にも及ぶとの試算もある。そこで、民間事業者の間では、流通・小売、運送分野を中心に ICT の利用や宅配、御用聞き、見守りといった各種サービスを組み合わせた形でのビジネスモデルが形成されつつある。
  • 公共交通を含む多様な移動手段を組み合わせ、自宅から目的地に至るまでのあらゆる場面で、利用者にとって優しい、使い勝手の良い手段を確保しなければならない。 他方、車自体の性能を向上させることができれば、高齢者でも安全な運転が可能になる。
  • 高齢者が老後に安定した生活を送るための資金確保手段として、リバースモーゲージ制度がある。土地付き戸建ての優良物件を有する高齢者にとっては、 自らの住居を手放すことなく生活資金を得られるというメリットがあり、自治体独自の制度や民間金融機関での取り組みが行われている。


IV.あるべき高齢社会の実現

  • 国が高齢社会に対応する上での軸足を定め、 将来の社会のグランドデザインを描いて国民全体で共有し、その下で省庁間、中央政府と地方政府、自治体間で分断されることのない、安定した制度構築・運営を行うことが不可欠である。
  • 自社の事業の範囲内のサービスから、他社・他業種へ と対象が拡大することが期待されるが、事業ベースで進めるためには相互にウィン・ウィンとなるよう利害調整が必要になる。さらに民間事業者の事業範囲を超えた連携となると、事業者が独力でコーディネーターとなることは難しい。そこで、こうした場合には、行政、とりわけ地元に密着した地方自治体が、官民の垣根を越えて多様な主体を繋ぐ役割を果たすべきである。
  • 介護保険医療保険生活保護の部分と民間で担うべき部分が混同されており、そこに非効率が生じている。
  • 基本的には、対価としての適正利潤が確保されることを前提として、富裕層は民間の事業ベースで対応できる部分であり、 低所得層に対するセイフティーネットでは公的な対応が求められる。問題はその中間部分であり、すべてを公の負担で賄うことは財政的にも耐えられない。 公的部門が民間事業者の取り組みを阻害しない環境を整え、民間の力を最大限に活用することが基本である。
  • 公的なサポートとしての規制緩和も欠かせない。株式会社による病院経営の解禁や、初診・急性疾患を含めた遠隔医療の実現といった大胆な見直しが行われなければ、社会構造の変化に適切に対処することは難しい。技術開発、実証、制度面での改善を一体的に行うべきである。


 医療関係者として、高齢社会の到来に関する危機意識は本提言と同じであり、役立つ資料も多い。しかし、さすがに高齢者市場拡大をビジネスチャンスととらえる財界の論理展開には違和感を感じる。富裕層を囲い込み、規制緩和を進めて中間層にも民間事業者が入り込む一方、低所得者層は公的部門に預けることを基本とする。
 財界は、高齢者の住宅問題をきわめて重要な課題であると認識している。障害をもった高齢者を主要な対象とするリハビリテーション関係者にとって、住まいの問題について理解を深める必要を感じる。