「がれき処理で30億人に影響」という表現は適切か?

 昨日に引き続き、大阪府知事大阪市長宛に提出されたがれき受け入れについての医師の立場からの意見書(平成23年12月21日)(以下、「意見書」)の批判的吟味を行う。今回は、「がれき処理で30億人に影響」という表現について検討した。

関連エントリー


 まず、震災がれきに関する私の意見を、関連エントリーのまとめの部分を用いて、表明する。

 震災がれきの処理過程中に、放射性物質は濃縮される。たとえ、濃度が低くても処理量が多いと問題があるという主張には理がある。広域処理においては、引き受ける自治体側にはメリットが全くない。臓器移植におけるドナーとレシピエントの関係に似ている。利益がないのに、痛みだけ求められるのは嫌だという住民感情にも配慮が必要である。
 しかし、震災がれきを放置しておくわけにはいかない。復興が遅れることによる震災関連疾患の増加が危惧される*1。被災地では、せっかく生き延びた被災者が、脳卒中や心疾患、うつ病による自殺などで亡くなったり、要介護状態になったりしている。岩手県宮城県では、放射能汚染より震災関連疾患への対応の方が明らかに優先順位が高い。
 航空機モニタリングの測定結果をみても、一般廃棄物焼却施設における焼却灰の放射性セシウム濃度測定結果をみても、岩手県沿岸部の放射能汚染は低値である。被災地=放射能汚染地域という概念は思い込みでしかない。各種データをみる限り、震災がれき広域処理対象となっている岩手県宮城県のうち、少なくとも岩手県沿岸部に関しては低汚染地域であり、広域処理における優先地域であると私は思っている。

 被災地から他地域へのがれき処理受け入れは遅々として進んでいない。予定の期間内に処理を終えることは難しいのではないかと悲観的観測を持つ。仙台市の仮設焼却炉は、自らの役目を終えても、近隣自治体で残っているがれき処理のため、獅子奮迅の働きを続けざるをえないのではないかと予測する。


 震災がれき量が多く広域処理がもとめられているが、実現性が低いのならば、仮設焼却炉を増設し域内処理を進めるのもやむをえない、というのが私の意見である。


 本題に入る。がれき処理後の放射線物質汚染については、「意見書」の5〜6ページに次のように記述されている。

 焼却後の汚染濃度 2000Bq/Kg を20万トン受入れると総量は 1000GBq、8000Bq/Kg で 8000GBq。例えばその内の30%が何らかの形で環境内へ流出するとすれば300GBq以上(前者の場合)が周囲住民の内部被曝につながる可能性があります。実に30億人に影響を与えることができる量です。このように濃度にだけ目を向けるのではなく、総量に目を向けて環境流出について考えねばなりません。

 焼却後の汚染濃度 2000Bq/Kg を20万トン受入れた場合は、人口886万人以上、面積1896km2の大阪に推定 1000GBq以上の放射性セシウムの負担、すなわち1人(成人男子、体重65kgとして)あたり10万 Bq/kg 前後となり、4500MBq/km2 以上の土壌汚染の危険性があります。環境流出を0.01%にできたとしても住民への体内被曝10Bq/kg を下回らせることは困難です。小児は成人よりも10倍以上と感受性が高く、影響も30年40年以上と長期に及ぶと考えると、被害は甚大です。

 外部被曝を考えるだけならば焼却灰の汚染濃度だけに着目するだけで良いが、内部被曝の問題が重要であり総量規制が必要である、という主張である。


# 放射線汚染物質総量の推計
 放射線汚染物質は、焼却してもなくならない。したがって、総量は次のような式で簡単に計算できる。

 放射線汚染物質総量=焼却前平均汚染濃度(Bq/kg)×がれき総量


 「意見書」では、がれき20万トンで総量1000GBqであると述べているので、次の式が成り立つ。なお、1GBq = 1000MBq = 100万kBq = 10億Bqという関係にある。

 焼却前平均汚染濃度(Bq/kg)×20万トン=1000GBq
 焼却前平均汚染濃度(Bq/kg)=1000GBq/20万トン=1兆Bq/2億kg=5000Bq/kg


 搬入前から、高濃度汚染があったことになってしまう。なお、焼却前の放射線廃棄物濃度については、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律第六十一条の二第四項に規定する製錬事業者等における工場等において用いた資材その他の物に含まれる放射性物質の放射能濃度についての確認等に関する規則(平成十七年十一月二十二日経済産業省令第百十二号)の38ページ別表2に基準が示されている。Cs134、137とも0.1Bq/gであり、100Bq/kgとなる。この値をみると、5000Bq/kgという数値は持ち込み禁止レベルである。どう考えても、計算ミスがあったとしか思えない。なお、焼却後の汚染濃度が 2000Bq/Kg から8000Bq/Kg と4倍になると、総量は 1000GBq、8000Bq/Kg で8倍になっている。ここにも単純ミスがある。


(追記)
 気づくのが遅れたが、焼却後に汚染濃度が2000Bq/kgに低下している。1000GBqという値は矛盾だらけである。


 岩手の焼却灰濃度については、東日本大震災により生じた災害廃棄物の広域処理の促進について(PDF:1,097KB)(平成23年11月2日)に資料がある。東京に運ばれた宮古市の焼却灰濃度は、9月14日現在で、飛灰133Bq/kg、主灰10Bq/kgとなっている。別添資料10ページにて、濃縮率33.3倍とか16.6倍という数値が示されている。飛灰の濃度を濃縮率16.6倍の方で割ると、焼却前汚染濃度は10Bq/kg以下となる。
 放射線廃棄物濃度規制値である100Bq/kgと、宮古市の値から推定される焼却前汚染濃度は10Bq/kg以下を用いて、汚染物質総量を計算すると、次のようになる。1000GBqの50〜500分の1になる。

 放射線汚染物質総量=100Bq/kg×20万トン(2億kg)=200億Bq(20GBq)
 放射線汚染物質総量=10Bq/kg×20万トン(2億kg)=20億Bq(2GBq)


# 放射線汚染物質総量が影響を与える人数についての推計
 「意見書」では、総量2000GBqの30%、300GBqが流出すると、30億人に影響が及ぶと指摘している。1人当たり汚染量で計算すると次のようになる。

 1人当たり汚染量(Bq/人)=300GBq/30億人=3000億Bq/30億人=100Bq/人


 内部被曝が問題であるとし、「少なくとも食べ物が 10Bq/kg 以下にすべく対策を講じるべきである。」(「意見書」2ページ)という訴えと、「内部被爆 10Bq/kg 以下を目指すという共通意識が必要である。」(「意見書」8ページ)という表現がある。後者は、体重1kg当たりを指すようであり、体重65kgなら650Bq/人となる。計算式から導き出された100Bq/人という値の根拠は不明である。生涯にわたって、100Bq/人を目指すとしたら、食べ物が 10Bq/kg 以下でも、10kg以上の食事を食べてしまえば、上限に達してしまう。おそらく、この値は1日当たりの内部被曝目標量であると推測する。そうであれば、1日あたり目標値という記載の方が適切であり、30億人という表現より、30億人日と書くべきである。後者の表現なら、30億人が1日間に受ける場合も、30万人が1万日に受ける場合も表現できる。


 焼却前汚染濃度100Bq/kg、10Bq/kgから導き出された汚染物質総量200億Bq(20GBq)、20億Bq(2GBq)と、「意見書」から導き出された100Bq/人日、30%の流出率を使うと、次のような値が計算される。

 1人1日当たり汚染量(Bq/人日)=200億Bq÷100Bq/人日×0.3=6千万人日
 1人1日当たり汚染量(Bq/人日)=20億Bq÷100Bq/人日×0.3=6百万人日


 この値は、がれき総量、流出量で変動する。東日本大震災により生じた災害廃棄物の広域処理の促進について(PDF:1,097KB)(平成23年11月2日)の別添資料17ページには、次のような記載がある。

 バグフィルター付きの焼却炉で、セシウムについて99.99%以上の除去率を確認(第3回環境省災害廃棄物安全評価検討会資料)
 高濃度の焼却灰を排出する焼却施設(バグフィルター付き)で排ガス測定をした結果では、いずれも告示で示された排ガスの濃度限度を十分下回っており、安全である。

 焼却炉から放射線汚染物質が流出していないというデータ、焼却灰が埋立てされるという現実からすると、人体に及ぼす影響は30%という高い値ではなく、小数点以下の低いレベルにとどまると予測する。


# 大阪府に対する影響
 大阪府民886万人以上に対する放射線汚染物質総量1000GBqの影響は次のように計算できる。

 府民1人あたり放射線汚染物質量(Bq/人)=1000GBq/886万人=11.3万Bq/人
 府民1人平均体重65kgの場合には、府民体重1kgあたり放射線汚染物質量(Bq/kg)=11.3万Bq/人÷65kg/人=1740Bq/kg


 「意見書」の記載10万Bq/kg 前後という値と解離している。


 府の面積当たり1896km2あたりにすると、次のようになる。

 府面積あたり放射線汚染物質量(MBq/km2)=1000GBq÷1896=5.27億Bq/km2(5270MBq/km2)


 「意見書」の値、4500MBq/km2 に近いが一致はしない。なお、MBq/km2=Bq/m2であり、1000GBqの焼却灰を大阪府全体にばらまくと、新たに5270Bq/m2という汚染が起きることを示している。


 焼却前汚染濃度100Bq/kg、10Bq/kgから導き出された汚染物質総量200億Bq(20GBq)、20億Bq(2GBq)を用いると、それぞれ、1000GBqの場合の50分の1、500分の1になるので、次の値になる。

 府民1人平均体重65kgの場合には、府民体重1kgあたり放射線汚染物質量(Bq/kg)=34.8Bq/kg、3.5Bq/kg
 府面積あたり放射線汚染物質量(MBq/km2)=105.4MBq/km2、10.5MBq/km2


 いずれも焼却灰全てが内部被曝に回った場合、また、府域全体にばらまかれたと推定した場合であり、実際の影響はもっと少なくなる。


# まとめ
 焼却前汚染濃度100Bq/kgという従来の規制値を守っている限り、20万トンという受け入れ量でも、実際の環境への影響は少ないと私は判断する。ただし、たとえ少しでも放射線汚染物質を入れたくはないと考えている住民からすると、忍容できない量と思うだろう。いずれにしろ、正確なデータをもとに、自治体レベルで協議することが必要であることは間違いない。
 残念ながら、「意見書」のがれき焼却に関する数値は、著しく信頼性を欠くものとなっている。30億人に影響するというような表現は、リスクを過大に表現しようという意図のもと、チェックが不十分だったために生まれたのではないかと推測する。本「意見書」の数値が1人歩きすることは、「放射線を正しく恐れる。」(「意見書」8ページ)という趣旨に反することになり、政府、東電を批判する道徳的権威を失うことになる。「意見書」を記載した「放射能防御プロジェクト医師ネットワーク」の誠実な対応を期待する。