大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドライン改訂第2版

 大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドライン改訂第2版が届いた。2011年5月に発行されていたが、震災のどさくさに紛れ見落としていた。初版が2005年発行であり、6年ぶりの改訂である。第1版では1990年から2002年7月までの文献が検索された。第2版では2007年10月までの文献が追加されている。興味ある部分をメモとしてまとめる。なお、旧版は大腿骨頚部/転子部骨折|Minds医療情報サービスにあるが、新版は日本整形外科学会の会員用ページ内にあり、一般には公開されていない。

大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドライン

大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドライン


 第2章 疫学

  • わが国における大腿骨頚部/転子部骨折の年間発生数は2007年では約15万例であった。発生率は40歳から年齢とともに増加し、70歳を過ぎると、急激に増加していた。高齢者での発生率は男性より女性が高かった。この年齢階級別発生率は1997年まで2007年まで経年的に増加していた。
  • わが国の発生率は北欧・米国に比べると約半分と低く、南欧・東南アジアとほぼ同様である。わが国における発生率は増加を続けているが、北欧・米国では減少し始めた。
  • 2002年における全国調査の年齢群別発生率が変化しないと仮定すると、2010年には約18万人、2020年には約25万人、2030年には約30万人、2042年には約32万人の大腿骨頚部/転子部骨折が発生すると推計される。

[感想: 高齢化の急速な進行に伴い、リハビリテーション医療の対象となる大腿骨頚部/転子部骨折数は急激に増える。生活習慣、環境因子により発生率が異なっている。日本における発生率増加の要因を明らかにする必要がある。]


第3章 危険因子

  • Grade A 骨密度の低下は危険因子である。
  • Grade A 脆弱性骨折の既往は危険因子である。
  • 大腿骨近位部骨折発生の原因としては転倒が最も多い。欧米では、65歳以上の在宅高齢者の1/4〜1/3が毎年転倒すると報告されている。わが国では、在宅高齢者の1/5〜1/4が毎年転倒し、その割合は欧米より低い。医療介護施設入所中の高齢者は、在宅高齢者より、転倒する割合が高い。女性は男性より転倒頻度が高い。転倒の発生率は性別、地域にかかわらず、74歳以下の前期高齢者と75歳以上の後期高齢者とを比較すると、後者で有意に高く、高齢になるほど発生率は急上昇し、同様に転倒による外傷数も年齢とともに指数関数的に増加する。転倒回数が多いことは大腿骨近位部骨折の危険因子となる。
  • Grade A 喫煙は危険因子である。
  • Grade B 向精神薬の使用は危険因子である。
  • Grade B 加齢は危険因子である。
  • Grade B 低体重は危険因子である。
  • Grade C 多量のカフェイン摂取は危険因子である。
  • Grade C 未産は危険因子である。

[感想: 骨脆弱性に伴い、転倒など軽微な外傷で大腿骨頚部/転子部骨折が発生する。骨折は繰り返されると考え、対応することが求められる。]


第4章 予防

  • Grade A 薬物療法は大腿骨頚部/転子部骨折の予防に有効である。
    • アレンドロネートとリセドロネートは70歳代までの骨粗鬆症の女性の大腿骨頚部/転子部骨折を減少させるとする高いレベルのエビデンスがある(EV level I-2)。
    • ビタミンDはカルシウム併用で高齢者の大腿骨頚部/転子部骨折を減少させるとする高いレベルのエビデンスがある(EV level I-2)。
    • エストロゲンは大腿骨頚部/転子部骨折を減少させるが、他の全身的有害事象が多いとする高いレベルのエビデンスがある(EV level I-2)。
    • ビタミンKは、アルツハイマー病、パーキンソン病などの合併患者が多くを占める高齢者集団において大腿骨頚部/転子部骨折を減少させるというエビデンスがある(EV level I-2)。
    • カルシウムは、ビタミンD併用で高齢者の大腿骨頚部/転子部骨折を減少させるとする高いレベルのエビデンスがあるが、高用量の単独投与により大腿骨頚部/転子部骨折リスクが上昇するというエビデンスもある(EV level I-2)。
  • Grade A 運動療法は転倒予防には有効である。一方、骨折予防については不明である。
  • Grade A ヒッププロテクターは介護施設高齢者の大腿骨頚部/転子部骨折予防に有効である。
  • Grade A 住環境改善、向精神病薬漸減は転倒防止に有効である。

[感想: ガイドラインには触れられていないが、ビスフォスフォネート製剤には抜歯後の顎骨壊死などの副作用がある。向精神病薬使用の是非を含め、薬物療法を行う際には、副作用や相互作用に対する注意が求められる。運動療法、ヒッププロテクター、住環境整備などはリハビリテーション医療が得意とする分野である。]


第5章 診断

  • 大腿骨頚部/転子部骨折のエックス線単純写真による正診率は98.1%、96.7%である(EV level C-Ib、EV level C-II)。
  • Grade A MRIは有用で、診断精度はきわめて高い。
  • Grade B 受傷72時間経過後の骨シンチグラム検査は有用である。

[感想: ガイドラインの71ページにある図がわかりやすい。エックス線単純写だけでは診断できない大腿骨頚部/転子部骨折があることを念頭におくことが大事である。疑わしければ、MRI撮影可能な整形外科に患者を紹介する。初版にはCTに関する項もあったが、第2版では削除されている。]


第6章 大腿骨頚部骨折の治療

  • Grade B できる限り早期の手術を推奨する。
  • Grade D1 術前の牽引をルーチンに行うことは推奨しない。
  • 外科的治療では骨接合術と人工物置換術とのいずれを選択するか
    • Grade Ib 非転位型(Garden stage I、stage II)は骨接合術を推奨する。
    • Grade A 高齢者の転位型(Garden stage III、stage IV)は人工物置換術を推奨する。
    • ただし、対象患者の全身状態、年齢を考慮して、手術法を選択すべきである。
  • 骨接合術後の後療法
    • Grade C 非転位型骨折では、早期荷重による合併症は少なく、早期荷重を推奨する。
    • Grade C 転位型骨折でも、固定性が良好であれば、早期荷重を試みても良い。
  • 人工骨頭置換術後の後療法
    • Grade Ib セメント使用あるいは良好なプレスフィット固定ができたセメント非使用の人工骨頭置換術では早期全荷重を推奨する。
  • 骨接合術後の合併症
    • 偽関節の発生率は、骨折型によって異なる。非転位型(Garden stage I,II)の骨癒合率は85〜100%と報告されている。一方、転位型(Garden stage III、IV)では骨癒合率は60〜96%である。
    • 荷重部に広範な骨頭壊死を生じると、術後経過中にlate segmental collapse(LSC)をきたす。LSCは術後長期間(術後1〜2年)経過した後に明らかとなることが多いので、少なくとも術後2年間の経過観察が必要である。MRIでは早期に骨頭壊死の診断が可能であり、術後6ヵ月のMRIで骨頭壊死の可能性が否定できれば、その後の経過観察は不要である。骨頭壊死およびLSCの発生率は偽関節と同様に骨折型によって異なる。発生率は骨頭壊死(MRIによる)が非転位型で4〜21%、転位型で46〜57%、LSCが非転位型0〜8%で、転位型26〜41%と報告されている。
    • 内固定材料の周囲に骨折を生じたり、内固定材料が骨盤内に穿孔した症例が報告されている。
  • 人工骨頭置換術の合併症
    • 脱臼発生率は2〜7%と報告されており、前方アプローチと比較して、後方アプローチで発生しやすい。
    • 1〜3%にインプラント周囲の骨折が発生している。また異所性骨化が約20%に発生し、重症例では歩行能力を低下させる。
  • 受傷後、適切な手術を行い、適切な後療法を行っても、すべての症例が受傷前の日常活動レベルに復帰できるわけではない。機能予後に影響する主な因子には年齢、受傷前の歩行能力、認知症の程度である。退院後、自宅に帰った症例(なかでも同居症例)は施設入所例よりも機能予後がよい。
  • 1年以内の死亡率はわが国では10%前後、海外では10〜30%と報告されている。生命予後に影響する因子には性(男性のほうが不良)、年齢(高齢者ほど不良)、受傷前の歩行能力(低い者ほど不良)、認知症(有するほうが不良)などがある。治療法別には人工骨頭置換術のほうが、骨接合術より死亡率が高い。セメント使用、非使用間での死亡率には有意差がない。

[感想: ガイドラインでは初版の段階より既に早期荷重が推奨されていた。術後合併症としては、骨接合術では、偽関節、骨頭壊死、人工骨頭置換術では脱臼が問題となる。ただし、具体的脱臼予防対策には触れられていない。「機能予後に影響する主な因子には年齢、受傷前の歩行能力、認知症の程度である。」という部分は、広く知られるべき知見である。なお、Grade Ibとはエキスパートオピニヨンによる推奨であることに注意する。]


第7章 大腿骨転子部骨折の治療

  • Grade B できる限り早期の手術を推奨する。
  • Grade Id 術前の牽引をルーチンに行うことは推奨しない。
  • 外科的治療・保存的治療の適応
    • Grade A 転位のある大腿骨転子部骨折は骨接合術を推奨する。
    • Grade Ib 転位のない大腿骨転子部骨折は保存的治療も可能であるが、骨接合術を推奨する。
    • Grade Ib 転位のない大転子部のみの骨折では保存的治療を推奨する。
  • 整復・内固定が良好であれば、早期荷重は可能である。
  • 骨接合術後の合併症
    • 偽関節・骨癒合不全の発生率は0.8〜2.9%である。
    • 骨頭壊死の発生率は0.3〜1.2%である(ここでいう骨頭壊死とはエックス線単純写真で明らかな圧潰を認めた、いわゆるlate segmental collapseである)。
  • 受傷後、適切な手術を行い、適切な後療法を行っても、すべての症例が受傷前の日常活動レベルに復帰できるわけではない。歩行能力回復には受傷前の歩行能力と年齢が大きく影響する。術前の生活が自立していたものは自宅への退院が可能なものが多く、年齢が高いと歩行能力が落ちるものが多い。その他、骨折型(不安定型が不良)、筋力、認知症が機能予後に影響する。
  • 大腿骨転子部骨折のみの生命予後に関する文献は少ない。大腿骨頚部/転子部骨折後の死亡率は、術後3ヵ月では5.1〜26%、6ヵ月では12〜40%、1年では9.8〜35%である。生命予後を悪化させる因子は、高齢、長期入院、受傷前の移動能力が低い、認知症、男性、心疾患、Body Mass Index(BMI)低値(18 kg/m2未満)、術後車椅子または寝たきりレベル、骨折の既往などである。また、術前の生活が自立していたものは死亡率が低い。

[感想: 大腿骨頚部骨折とほぼ同様。なお、Grade Ib、Idとはエキスパートオピニヨンによる推奨であることに注意する。]


第8章 周術期管理

  • 術後合併症としては精神障害が最も多い。術後内科合併症としては肺炎や心疾患が多い。わが国においては、入院中の死亡原因となる合併症として肺炎が30〜44%で最も多い。
  • Grade B 栄養介入により大腿骨近位部骨折患者の死亡率の低下・血中蛋白質の回復・リハビリテーション期間の短縮が期待できる。
  • せん妄は術前よりみられ、術後に増加する。男性、低酸素血症、周術期の血圧の低下、電解質異常、感染の合併、薬剤、代謝異常、脳血流量低下などとの関連が指摘されている。血圧の低下を防止し、電解質レベルを正常範囲内で維持するよう努め、術後に酸素投与を行うことが重要である。せん妄は術後のリハビリテーションを妨げ、ADL獲得の障害となることが多いため、その予防に努めるとともに、併発した場合には、専門家の対応を受けることが勧められる。

[感想: 大腿骨頚部骨折/転子部骨折の周術期管理では、高齢者医療全般に共通する管理能力が求められるといえる。]


第9章 リハビリテーション

  • 患者に対しては、術前から上肢機能訓練や健側下肢機能訓練、また患肢足関節機能訓練を行うことが有用であり、呼吸理学療法、口腔内ケアも行うことが望ましい。
  • 術後には翌日から座位をとらせ、早期から起立・歩行を目指して下肢筋力強化訓練を開始する。歩行訓練は平行棒、歩行器、松葉杖、T杖歩行と進めることが多い。特別なリハビリテーションメニュー(患者教育、強力な筋力訓練、歩行指導、作業療法、電気筋刺激など)が試みられ、それぞれの報告では一定のアウトカムにおいて有効性が認められている。しかしsystematic reviewではその研究デザインやアウトカム設定に問題があると指摘され、エビデンスとして一定の結論に至っていないので、確立したリハビリテーションメニューはない。
  • 最近ではmultidisciplinary rehabilitationの早期からの導入が施行されている。有効性は限られているものの、軽度・中等症認知症を有する患者に対しては有効との報告がある。
  • Grade B クリニカルパスは受傷前ADLが高い症例に対しては入院期間の短縮と術後合併症の防止に有効である。
  • Grade B 退院後のリハビリテーションの継続は有効である。
  • Grade B 術後最低6ヶ月程度は、リハビリテーションを行うべきである。

[感想: 残念ながら、根拠となった文献は欧米のものが主体である。脳卒中の場合と同様、個々のリハビリテーションプログラムよりは、システムとしてのmultidisciplinary rehabilitationの有用性が示唆されている。脳卒中ユニットに相通じるものがある。なお、訓練量と転帰との関連は明らかになっていないようだが、欧米では日本の回復期リハビリテーションほど十分量の訓練は行われていないのではないかと思われる。本邦からの質の高い研究が待たれる。]


第10章 退院後の管理

  • Grade B 大腿骨頚部/転子部骨折を生じた患者は、対側の大腿骨頚部/転子部骨折のリスクが明らかに高いことから骨粗鬆症治療や転倒予防対策を講じることが望ましい。
  • Grade B 薬物療法による予防を考慮しても良い。

[感想: 第3章 危険因子、第4章 予防に記載している内容のとおり。]


 日本整形外科学会が中心となって作ったガイドラインのため、どうしても手術療法が記載の中心となっている(今回のメモでは、興味の対象外だったため割愛している)。一方、リハビリテーション分野、特に、推奨すべき臨床指標選択の部分が弱いように思える。例えば、術前・術後の歩行能力の指標として実際に何が使用されているのか、認知機能の評価としては何が適当かがリハビリテーション医療の現場では問題となる。地域連携パスの運用上、臨床指標は共通言語としてきわめて重要である。ガイドラインに引用されている論文を取り寄せて、具体的な中身をより深く検討してみることにする。