「末梢点滴をしながら看取りに入る」という選択肢は現実的

 ひとつ前のエントリーで紹介した、The Cochrane LibraryのReviewに次のような一節があった。

Relatives and carers may request the intervention because they are concerned that the patient may starve; clinicians may be aware of the risks but feel pressurised by institutional, societal or even legal directives to intervene.

 患者が飢餓に陥ることに関係するため、家族や介護者は介入を要求している可能性がある。臨床医は、リスクを自覚しながらも、医療機関、社会、そして法的な介入指示による圧力を感じている。


 認知症の終末期と胃瘻栄養法 ― PEG の施行要因分析と価値判断を経た代替法の提案 ―をみると、日本でも同様の状況があることがわかる。

和文要旨】
本邦では、認知症末期の寝たきりで意思疎通困難な高齢患者に対する PEG による胃瘻栄養法の導入が一般的であるが、欧米の先行研究はこの患者群には PEG の適応は無いと結論している。本研究では、まず、この患者群への PEG の施行要因を医師の経験と認識から探る質的調査(n=30)を行い、その知見に基づいて仮説を組み、2007 年に量的調査 (n=277)で仮説が支持されるか否か確認した。その結果、質的調査における少数派医師の臨床実践である「末梢点滴をしながら看取りに入る」という選択肢は、量的調査において約8割の臨床医が現実的な選択肢となり得ると考えていることが示された。患者の医学的ニーズを中心に考えると「末梢点滴・看取り」という方法は最適とはいい難いとも思われるが、現在の本邦において、過渡的にではあるが、家族と医療者の情緒に配慮した現実的な選択肢となり得ることが示された。


 本研究の最初の方で、PEGの施行目的が明確な群(適応を有する群) について、次のように記載している。

1.施行目的が明確な群(適応を有する群)
施行目的・・a)QOL 改善の改善、b)経口摂取との併用による栄養状態の改善、 c)疾病や受傷による経口摂取不可時の一時的代替栄養法(回復後は胃瘻を抜去)
【患者群】
・頭頚部、上部消化管のがん患者 / 外傷患者 ・神経変性疾患患者
クローン病患者
・嚥下障害を有するが意識障害重篤でない脳血管疾患患者
・経口摂取のみでは不十分な状態であるが意識状態は不良でない患者


 遷延性意識障害患者に関しては、患者・家族側が、 遷延性意識障害の状態で生存期間が延長することを希望する場合には適応ありと述べているのに対し、認知症末期患者(アルツハイマー型、脳血管疾患型)に関しては適応がないと述べている。
 「質的調査にみる認知症末期患者へのPEG - 本邦の医師の臨床実践と認識」では、認知症末期患者にPEGを選択する理由として、次のような因子が上げられた。

  • 医療システム関連要因
    • 医師と患者家族の心理的安寧の維持: 餓死忌避、見殺し感回避、死なせる決断の重さ、何もしないことの困難さ、別居家族問題
    • 患者家族の感情・意向への応答: 家族にとっ ての患者の存在の価値
    • 法制度関連問題: 触法懸念、意思決定代理人制度の欠如
    • 慢性疾患の特徴: 終末期の定義の不明確性
  • PEG の利便性


 多くの医師が、上記問題に対し、PEGを選択する傾向があるのに対し、少数の医師が人工的な栄養補給が必須とはいえないと考え対応している。その場合、最期の期間を少量の輸液で看取る場合が多く、これは、何もしないことによる医療者と家族の心理的負担を減 らす意味でも有効だという。

1 日 300cc 程度の輸液で看取るという対象医師#25(62歳男性精神科/老年科医、療養病床勤務)は、これに関して次のように語った。「1 日300cc とかですね、生命維持には絶対足りないわけですけど、ご家族も、ただ何にも口から物も入らない。で、何もしないでね、日に日にどんどん衰えていくというのを見ていくというのは、結構つらいんですよ。でね、我々の側もね、結構つらいんですよ。だからその妥協の産物として 1 日 300cc だけ。そうすると本当にね、少しずつは衰えていくんですけどね、だけど何にもしてないという感じがなくて、いいんですねぇ」


 「量的調査の知見にみる少数派医師の臨床実践の汎用の現実性」では、療養病棟医師に対する調査を行い、末梢点滴を継続し、その他の人工的な栄養・水分補給法は施行せず、徐々に看取りに入る、という選択肢が約1/3を占めたことを紹介している。


 末期認知症が適切に診断され、家族との話し合いを進め信頼関係が構築できるならば、最終段階では末梢点滴のみで看取るという方法は現実的と思える。末梢血管が入らない場合には、皮下点滴という方法もある。紹介した論文は、認知症患者の終末期医療を語るうえで示唆に富む内容が多い。倫理的問題を論議するうえで重要な文献と考える。