「津波被害 -減災社会を築く」

 昨日、自宅近くの紀伊国屋書店に行った。震災以来初めてである。ショッピングモール内にテナントとして入っているのだが、建物自体の被害が大きく、全館復旧したのがついこの間である。連結部の損傷が特に大きかった。未だにビル間の渡り廊下は通行止めとなっている。
 書店内をぶらついてみると、震災関係のグラフ紙が多数陳列されている。手に取って眺めてみたが、購入する意欲がどうしてもわかない。生々しい記憶が甦ってくる。どうも、自分では気がついていなかったが、トラウマがあるようだ。代わって手にしたのが、「津波被害 -減災社会を築く」という新書である。

津波災害――減災社会を築く (岩波新書)

津波災害――減災社会を築く (岩波新書)


 発売日は、2010年12月17日となっている。帯には、「必ず、来る!」という挑発的な文言が大きく踊っている。大津波を予告した内容が評判を呼んでいる。ただし、私が手にしたのは第1刷である。もしかしたら、地震時に店内に散乱した分だったのかもしれない。ちなみに、書物の展示方法は以前と全く変更されていない。天井高くまで書物が積み重なっている訳ではないので、余震時に下敷きになることはないと思うが、後片付けは大変ではないかといらぬ心配をした。


 本書は、津波被害を如何にして最小限にするか、減災の視点で警告を発している本である。国内、海外問わず、実例が多数紹介されている。やや専門的な記述となっているが、津波のメカニズムに関しても詳しく記載されており、勉強になる。
 東日本震災を経験した立場からすると、次のような記述が最も参考になった。

 一般に、海底に震源があり、2枚のプレートが上下に食い違うという縦ずれ断層地震(逆断層あるいは正断層地震)の場合に津波は起こる。しかし、小さな地震では起こらない。


(中略)


 すなわち、地震マグニチュードが6.0以下あるいは震源の深さが100キロメートルより深ければ、被害をもたらすような津波は発生しないと考えてよいようである。

 地震の揺れの大きさから津波の大きさは判断してはいけないのである。ただし、大きな津波をもたらす地震の場合、揺れが1分以上続くのが普通であるから、これは指標になりうる。もし、海外旅行に行った先でこのような長く続く地震の揺れを経験したときは、津波を疑ってみることである。

 「津波てんでんこ」は、三陸地方の津波史家の山下文男氏の発言が端緒になって拡がった教訓である。


(中略)


 避難に関する最近の社会心理学の研究から、人は避難をする人を見ると避難行動を開始することがわかった。ホテルや旅館に宿泊していて、夜間に非常ベルが鳴ったとしよう。そのとき、廊下や階段を無言で避難する人たちを見たら、きっとあなたも避難するだろう。


(中略)


 「津波が来るから逃げろ!」と大声で叫びながら避難する人がいれば、もっと多くの人が同調して避難行動に加わってくるはずである。


 2011年3月11日に経験した揺れは、明らかに今までと異なっていた。不気味な地鳴りが長く続いた後、激しい揺れが断続的に数分間、いつ果てるとも知れず続いた。宮城県沖地震発生確率99%と予測されていたので、覚悟はしていた。しかし、その予想を遥かに超える揺れだった。直感的に津波は来るなと思ったが、津波リアス式海岸のような入り組んだ地形で起こるものという思い込みがあり、仙台市の被害については全く心配はしていなかった。
 だが、現実は楽観的予測を凌駕した。ラジオに耳をそばだてていると、相馬地方で10mあまりの津波が到達したという情報が伝わってきた。まさかと耳を疑った。その後、仙台市若林区荒浜に多数の遺体が確認されたということが報じられた。電源が通じ、テレビで実際の映像を確認したのは数日後だった。日本中を恐怖に巻き込んだ仙台大津波を被災地にいた自分はリアルタイムでは見てはいない。視覚情報ではなく、体性感覚に刻み込まれた長く続く揺れが、震災の原体験そのものとなった。


 津波常襲地帯として、三陸沿岸、土佐湾沿岸、熊野灘紀伊水道沿岸、道東海岸が指摘されている。しかし、その他の地域が決して安全ではないことは、今回の東日本大震災で明らかになった。数百年周期で起こる巨大津波の教訓は住民には伝わっていない。日本の沿岸部では、いずこでも津波の備えをしなければならない。
 本書でも、1923年関東大震災で、相模湾沿岸の三浦半島から小田原にかけてと房総半島先端付近に大津波が襲来したことを紹介している。首都直下型地震津波東京湾で発生した場合、臨海コンビナートの被害は甚大なものとなり、零メートル地帯は氾濫し、地下空間は水没することが危惧される。大阪も同様である。1854年安政地震大阪市内は津波の被害にあった。大阪の古地名は「浪速(なにわ)」である。
 世界を見回しても、数百年単位で大津波が襲っている地域がある。北米太平洋岸には500年周期で大津波が襲ってきていることが津波堆積物の解析からわかっている。前回は、1700年1月26日に地震が起こったことが、日本の古文書などから明らかになっている。アメリカ合衆国やカナダの建国以前の話である。地中海東部で起こった地震は、クレタ島ミノア文明を崩壊させ、エジプトのアレキサンドリアを壊滅させた。最も新しい津波は1303年8月8日に起こっている。1755年、リスボンを襲った大津波ポルトガルの凋落を決定づけた。


 医学会が開催されるの会場は、横浜、東京湾岸、幕張、大阪、神戸など海岸沿いが多い。例外は京都くらいである。国際学会も同様である。もし、東日本大震災のような、長く続く地震の揺れが感じたら、激震でなくても津波を疑って行動する。「津波が来るかもしれない」と言いながら、会場の上へ上へと階段を使って昇る。高いところまで到達してから、ゆっくりと津波情報を確認するくらいでちょうど良い。高い建築物がないところに観光に行っていた場合、まずは高台に避難する。タクシーやバスに乗っていたら、運転手に車を止めるように申し入れをし、徒歩で避難をする。東日本大震災を経験した者は、率先して行動することが他者に対する努めとなる。
 第6回リハビリテーション医学協会世界会議(ISPRM)が、今年の6月12日から16日、カリブ海プエルトリコで行われる。何もないことを祈るが、もし巨大地震が襲った場合には、日本からの参加者の行動が被害の軽減のために重要になる。数百年に一度の大津波を経験した日本人しかできない行動である。