自殺未遂には健康保険が適用されない

 自殺未遂に対しては、健康保険が適用されないことになっている。このことが要因となって起こった殺人事件の判決がおりた。

 自殺を図り、回復の見込みがなくなった長男(当時40歳)を刺殺したとして、殺人罪に問われた千葉県我孫子市の無職、和田京子被告(67)の裁判員裁判で、東京地裁は22日、懲役3年、執行猶予5年(求刑・懲役5年)の判決を言い渡した。山口裕之裁判長は「決して許されたわけではなく、重い有罪判決を受けたことを孫に伝えてください。誤った考えを持たせたくないというのが裁判員の思いです」と和田被告に説諭した。

http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100423ddm041040118000c.html


 人工呼吸器装着だけで毎日10万円かかる。自殺未遂後の10日間で数百万単位の医療費負担が生じたことが、事件を引き起こした。
 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/T11/T11HO070.html、第6節保険給付の制限の項に次のような記載がある。

第百十六条  被保険者又は被保険者であった者が、自己の故意の犯罪行為により、又は故意に給付事由を生じさせたときは、当該給付事由に係る保険給付は、行わない。


 「自己の故意の犯罪行為」に自殺未遂が含まれている。犯罪又は故意による場合/健康保険法5-15をみると、次のようになっている。

□自殺未遂による傷病に関しては、療養の給付等又は傷病手当金は、支給しない(昭11.1.9保規394号)。


↓ ただし…


□精神異常により自殺を企てたものと認められる場合においては、法116条の「故意」に該当せず、保険給付は為すべきものである(昭13.2.10社庶131号)。


 戦前の通達による保険給付の制限であるが、現時点でも有効とみなされている。ある健康保険法による給付制限のお知らせ | 健保の給付 | 三菱マテリアル健康保険組合の基準をみると、次のようになっている。

2) 自殺(自殺未遂)の場合
 故意に基づく事故であり、その行為による傷病の治療や傷病手当金の支給はしません。ただし、その自殺が精神の障害によりその行為の結果に対する認識能力のない精神的病気の患者の場合、例外として保険給付を行います。
 なお、その後、その自殺が精神異常に起因し病気となり療養を受ける場合、その療養に対する給付制限は行いません。


 http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2009/html/gaiyou/index.htmlをみると、日本では、毎年3万人もの自殺者がでる。自殺未遂者を含めると、この数はさらに膨らむ。日本は世界でも有数の自殺大国となってしまっている。
 政府は、2006年に自殺対策基本法を制定し、対策を強めている。しかし、健康保険法の規定はそのままである。自殺未遂で集中治療が必要となった場合、家族には精神的ダメージに加え経済的負担がのしかかることになる。
 健康保険法の規定は、相互扶助の立場から、給付を必要最小限に抑えようという趣旨で記載されている。しかし、時代は進歩している。医療保障は社会保障の根幹であり、国民皆保険の理念から考えても、給付の制限はできる限り限定的とすべきである。少なくとも、自らの命を絶つという行為に対し、経済的ペナルティを与えても、自殺を予防することはできない。かえって、今回のような新たな悲劇を生むことになる。