鍼灸師等の教育に関する懸念

 鍼治療も決して安全ではないことが示された。

2010年1月16日12時48分


 大阪府池田市鍼灸(しんきゅう)院で昨年12月、肩こりのため、はり治療を受けた女性(当時54)が死亡した問題で、治療したのははり治療の専門学校に通う20代の男子学生だったことが府警への取材でわかった。学生は柔道整復師の免許を持っていたが、はり師免許は未取得だったという。


 捜査1課によると、院長は「学生が無免許だと知っていたが、はり治療をしているとは知らなかった」と話している。同課は業務上過失致死と、無免許での治療を禁じたあん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師等に関する法律違反の疑いがあるとみて、2人から事情を聴いている。


 同課によると、女性は12月15日に治療を受けて体調が悪化し、16日に死亡した。死因は低酸素脳症。女性の肺に複数の傷があり、同課は背中に刺したはりが肺まで届いたとみている。女性は約半年前から複数回、この学生からはり治療を受けたという。

http://www.asahi.com/national/update/0116/OSK201001160046.html


 http://www.meiji-u.ac.jp/faculty/dep_phy3/topic/kawakita_who/whofin.htmlをみると、次のような記載がある。

鍼治療の安全性


 実用面でいえば、一般に鍼治療は、禁忌や合併症の少ない安全な施術である。最も一般的な鍼治療は皮膚に鍼を刺入するもので、皮下注射や筋肉注射などに類似している。しかしながら、その行為には、少ないながら、HIVや肝炎などの患者間感染や、その他病原菌の侵入の危険性をはらんでいる。そのため鍼治療の安全性を保つには、滅菌および消毒の技術、および清潔の維持に常に注意をはらうことが要求されるのである。
 また、鍼師はその他の、予期せぬ危険性についても念頭において対処するべきである。それらは、折鍼、逆効果、痛みや不快感、重要臓器への不慮の傷害などであり、そしてもちろん、“鍼”の範疇に入れられるその他の治療形態(*)に伴う危険も含むのである。
 そして最後に、鍼師の技術の未熟さにともなう危険も考えられる。これらは、不適切な患者選択や、技術的な誤り、禁忌や合併症に対する認識不足、もしくは、それらが起こったときの対処の不適切さなどのことである。


* 鍼治療は、刺鍼以外にも、指圧や、電気鍼、レーザー鍼、灸、吸角、擦過、磁石療法なども含む。

[肺および胸膜]
 胸部、背部、あるいは鎖骨上窩の経穴への深刺による肺または胸膜への傷害は外傷性肺気胸をおこす可能性がある。咳や胸痛、呼吸困難が気胸の一般的な症状で、鍼が肺を傷つけることによって施術中に急激に発症するか、あるいは鍼治療後数時間かけて症状が増強してくる場合もある。


 本事件を特殊なケースと捉えるべきか、それとも、鍼灸、マッサージ、柔道整復の教育に内在している問題と考えるべきか、判断に悩む。
 医学生に単独で医療行為をさせたら、医師法違反で医療機関は処罰される。さらに、医師は2年間の卒後教育制度が義務づけられている。歯科医師、薬剤師、看護師など医療職も同様である。チーム医療のメンバーである職種に関しては、医師も教育・研修内容の充実に関わっている。一方、鍼灸師、マッサージ師、柔道整復師は、単独で施術を行っている。医師の責任の下で医療行為をするという習慣がなく、どのような教育システムになっているか、全く分からない。
 無資格の学生に単独で施術をさせていることが常態化しているのではないかという懸念を抱く。鍼灸院院長は、学生が鍼治療をしているとは知らなかったと述べているが、白々しい言い訳である。そもそも、「鍼灸院」に来て鍼治療を受けていないということがあるのか。事故を起こした当事者よりは、鍼灸院院長の管理監督責任の方がより重い。
 規制緩和の影響で、鍼灸師、マッサージ師、柔道整復師の養成校が増加している。卒業後すぐに開業する者もいると聞く。質の充実の観点から危惧を抱く。<追記> 2010年3月18日

 本エントリーに寄せられたコメントを拝見いたしました。鍼灸師批判と誤解されているようですので、補足の説明をいたします。


 リスクマネジメントは、医療の質向上に不可欠です。有害事象が生じた段階では、事態改善のために組織全体が部門の枠を超えて取組むことが求められます。同時に、ニアミスを含め有害事象を収集し、要因分析を行い、同種の事故を未然に防ぐために情報公開することが重要です。逆説的なことのように思えますが、リスクマネジメントの観点からいうと、全く事故報告がない医療機関は医療の質に問題があると受けとめられています。
 本事件に関し情報収集する中で、鍼灸に伴う気胸発生に関しては、既に事故予防対策が確立していることが分かりました。感染対策も含め、鍼灸師団体がリスクマネジメントに真面目に取組んでいることを確認しました。率直にいって、想像以上であり、鍼灸師団体の真摯な態度に共感するようになっています。なお、本エントリーは、事件報道がされた直後に記載したものであることをご了解ください。
 リスクマネジメントに対する態度には人によって明らかに温度差があります。最も過敏な対応をとるのは、医師です。ニアミス報告書も医療事故報告書も、医師からはなかなか提出されません。促すと、「俺に始末書を書けと言うのか」と怒りだす医師もいます。ネット上でも、医療事故に関わり、医師を名乗る者の心ないコメントを散見します。マスコミも医療機関がニアミスや有害事象を積極的に報告するようになった意義を理解せず、医療事故が増えたかのように報道します。世の中では、まだまだ、リスクマネジメントの重要性が理解されていないように感じられてなりません。