高齢者の終末期医療と「臨床倫理の4分割法」

 http://www.jpn-geriat-soc.or.jp/tachiba/index.htmlを読んでいて、気づいたことがある。日本老年医学会の倫理的立場は、「臨床倫理の4分割法」で説明できるのではないかということである。

終末期における医療やケア行為の是非を検証できるような第3者をいれた「倫理委員会」を各医療機関に設置し議論を行なうと同時に,そこでの議論を広く公開し国民の意見にも耳を傾けるシステムをつくるべきである.
【論拠】事例検証を行う機関を設置して,その倫理的検証内容を広く社会に公開することは,同時に国民的議論を喚起する意味も含まれる.またこの検証においては,患者家族からの評価が重要な意味を持つ.家族からの評価を医療にフィードバックする手法により,終末期医療が改善することが明らかになっている.検証の際に倫理的な行動規範となりうるポイントとしては,
(1)患者の事情に即したインフォームド・コンセントがなされているか.
(2)患者のQOLの維持と向上が最大限配慮されているか.
(3)家族の想いが十分洞察され配慮されているか.
(4)実施された医療あるいはケアは客観性と社会的合理性を兼ね備えているか.
などが挙げられよう.


 「臨床倫理の4分割法」については、http://square.umin.ac.jp/masashi/内にある、臨床倫理の考え方に詳しく説明されている。

【臨床倫理の4分割表による考え方】
 簡単に言えば、ある症例の倫理的課題を検討するための道具として別表のような4分割表を用い、Medical Indication(医学的適応)、 Patient Preferences ( 患者の意向)、QOL (生きることの質)、Contextual Features(周囲の状況)の4つの枠の中に問題点を入れて考えようとするものである。

【臨床倫理的考えの進め方】
1)(問題の認知と分析)倫理的問題がありそうな症例を取り上げ、問題点を4分割表に記入する。
2)(調査検討)それぞれ挙げられた問題についてわからない部分を調査する。
3)(具体的対応)4分割表全体を見回して、できることから対策を立てる。


 両者の対応は次のようになる。
(1)患者の事情に即したインフォームド・コンセントがなされているか.⇔  Patient Preferences ( 患者の意向)
(2)患者のQOLの維持と向上が最大限配慮されているか.⇔ QOL (生きることの質)
(3)家族の想いが十分洞察され配慮されているか.⇔ Contextual Features(周囲の状況)
(4)実施された医療あるいはケアは客観性と社会的合理性を兼ね備えているか.⇔ Medical Indication(医学的適応)


 実例が、白浜雅司先生のホームページに掲載されている。次のような倫理的問題も提示されている。


例)施設に入所している超高齢のアルツハイマー認知症末期の方が、経口摂取困難となってきた。この方に経管栄養を行うべきかどうか。


 日本老年医学会では、過去3年間だけみても、次のようなシンポジウムやパネルディスカッションを連続して行われ、高齢者終末期問題について論議を深めている。

  • 第49回(2007年) 高齢者終末期医療:高齢者は何処に行くのか
  • 第50回(2008年) 高齢者の終末期医療‐病院外での高齢者ターミナルケアのあり方を探る
  • 第51回(2009年) 高齢者終末期における栄養を取り巻く諸課題


 「本人に意思決定能力がなく、代理決定を誰がするのかが決まっていない状況で、経管栄養を行うかどうか誰が判断するのか。もし、栄養管理を行わないことになった場合、関係者が罪悪感にとらわれないのか。そもそも、このような方に栄養管理をすることで延命が可能となり、QOLを向上するという根拠はあるのか。」といったことが倫理的課題としてあげられ、論議されている。一方、医療経済的側面を前面に出し、「食べれなくなったら、老衰と考え対応する。」と考えが推進された場合、良くなる可能性がある患者を見殺しにすることにつながる危険性も指摘されている。実際、例えば栄養や水分補給をするだけで再び経口摂取が可能となる高齢者は稀ではない。


 摂食・嚥下リハビリテーションNST(栄養サポートチーム)の立場では、適応があるならば、治療手段として経管栄養を行うことをためらわない。本人の苦痛を除き、楽しみのための経口摂取を目指す場合、積極的に胃ろうを造設する。間歇的経管栄養法という手段もある。初発大脳一側病変や延髄病変による球麻痺では、転帰良好例が多い。急性期病院で胃ろうを造られていても、経口摂取可能となり、胃ろうを抜去できる例も少なくない。医学的適応がある場合には、医師が悩むことはあまりない。
 一方、多発性脳梗塞による仮性球麻痺で唾液誤嚥を生じている場合などでは、たとえ、胃ろうを造っても誤嚥性肺炎を防ぐことはできない。しかし、何もせず衰弱を待つということは、医療者にとって後ろめたい。医学的管理も経鼻栄養よりは胃ろうが楽である。こうして、経口摂取が獲得できなかった患者は、内視鏡的胃ろう造設術(PEG)が実施され、その後、長期療養施設に入所するという流れができる。


 臨床的判断を下す上で、「医療倫理の4分割法」は役に立つ。悩んだ時には、1人で決めず、チームで検討する際の資料となる。常日頃、臨床的問題を、Medical Indication(医学的適応)、 Patient Preferences ( 患者の意向)、QOL (生きることの質)、Contextual Features(周囲の状況)に分け、カンファレンスで論議を行う習慣をつけることが、倫理的感覚を身につけることにつながる。