脊髄損傷の疫学

 脊髄損傷の疫学に関するホームページを探していたところ、次の3つが見つかった。
1)社団法人全国脊髄損傷者連合会:http://www.zensekiren.jp/activ/spic-top_f.html
2)日本せきずい(脊髄)基金内:日本パラプレジア医学会雑誌6(1)1993 日本における脊損発生の疫学調査
3)Spinal Cord Injury Information Network:UAB - Spinal Cord Injury Model System - Home


 1)と2)が日本の脊髄損傷の調査であり、3)が米国のデータベースである。1)および2)に含まれている4つの論文のうちの最初の3編は、山陰労災病院新宮彦助院長が中心となり1990〜1992年に行った調査である。最後のひとつは、日本脊髄障害医学会が2002年1月から12月に行ったものである。


# 日本
* 日本における脊髄損傷疫学調査(第3報) 1990〜1992年

  • 調査票回収率: 3年間で平均51.4%。
  • 発生率: 人口100万人あたり年間40.2人。
  • 男女比: 4対1。 
  • 頚髄損傷と胸腰髄損傷の比: 3対1。
  • 受傷年齢: 平均年齢48.7歳。59歳に大きなピーク、20歳に小さなピークがある2相性分布を示す。
  • 受傷原因: 交通事故43.7%、高所転落28.9%、転倒12.9%、物体による打撲・下敷5.5%、スポーツ損傷5.4%、自殺企図1.7%、その他1.9%。
  • 受傷原因別平均年齢: スポーツ損傷28.5歳、交通事故、打撲・下敷が40歳代、高所転落が53.2歳、転倒61.7歳。転倒を原因とする症例の多くは骨傷のない頚髄損傷だった。
  • 交通事故による受傷: 自動車47.1%、単車29.1%、自転車15.6%、歩行者5.9%、その他2.4%。
  • スポーツ損傷: 水飛び込み21.6%、スキー13.4%、ラグビー12.7%、パラ・ハンググライダー7.0%、格闘技6.6%、体操5.9%、モトクロス4.4%、野球4.2%、その他24.2%。


* 全国脊髄損傷登録統計 2002年1月〜12月

  • 発生率: 調査票の回収率が20.6%と低いため行わず。
  • 男女比: 71.3%対28.7%。 
  • 受傷部位: 頚髄損傷(不全損傷)が多く、中でも中心部損傷型が最も多かった。
  • 受傷年齢: 50〜59歳から60〜69歳に大きなピーク、20〜29歳に小さなピークがある2相性分布を示した。ただし、年代別人口を求めて発生頻度を検討すると、むしろ70歳代を頂点とするパターンとなった。
  • 受傷原因: 交通事故、高所転落、転倒の順だった。
  • 受傷原因別平均年齢: スポーツ損傷31.9歳、転落が54.64歳、転倒64.2歳。
  • 交通事故による受傷: 青壮年層では、四輪車に次いでバイク事故の割合が大きい。50歳代以降の高齢者では自転車事故が四輪車に次いでおり、しかもその26%には飲酒が関与していた。
  • 転倒による受傷: 屋内・屋外の歩行中の事故が多く、それぞれ27.2%、32.3%の症例で飲酒との関連が見られた。
  • スポーツ損傷: スノーボード26.5%、スキー23.9%、ラグビー7.1%。水飛び込みは泥酔事故を除けば1例のみだった。
  • 受傷時に存在した脊椎病変: 後縦靭帯骨化症および頚部脊柱管狭窄および脊椎症性病変があった。


【日本の脊髄損傷の疫学まとめ】
 1990〜1992年以降、大規模調査が行われていない。2002年調査も不十分な状態にとどまっている。
 脊髄損傷受傷年齢の高齢化が進んでいる。若年者を中心に、交通事故やスポーツ外傷が減少していることが影響していると考えられる。
 一方、高齢者を中心に、転倒などの軽微な外傷をきっかけとした不全頚髄損傷が増加している。飲酒に関係した事故の比率が増えている。脊椎病変が既に存在している状況で転倒に伴う頚部過伸展が受傷機転として関与していると推測される。


# 米国

  • 発生率: 人口100万人あたり年間40人。
  • 男女比: 80.9%が男性。
  • 受傷年齢: 1973〜1979年では、平均年齢28.7歳。2005年以後では、平均40.2歳。
  • 人種: Caucasian 66.1%、African American 27.1%、 Asian 2.0%、Hispanic 8.1%。
  • 受傷原因: 2005年以降では、交通事故42.1%、転倒・転落26.7%、暴力15.1%(銃撃等)、スポーツ損傷7.6%、その他8.6%。暴力は1990〜1999年の24.8%をピークとして減ってきている。
  • 損傷部位: 完全四肢麻痺20.4%、不全四肢麻痺30.1%、完全対麻痺25.6%、不全対麻痺18.5%。


【米国と日本との比較】
 発生率、男女比には差がない。
 年齢は明らかに米国の方が若年。
 受傷原因として、暴力(銃撃等)が特徴的。
 頚髄損傷は約半数であり、日本と比べて少ない。


【まとめ】
 外傷性脊髄損傷は、若年者の障害と思われがちである。しかし、日本の場合は高齢者の不全頚髄損傷が主な対象となっている。今後、高齢化は加速度的に進行することを考えると、適切な診断、治療、そして、リハビリテーション医療の提供に向けたシステム整備が求められる。特に、日本型の中高年齢層が酔っ払って動けなくなっている時に、脊髄損傷を疑って対応することが救急医療では求められる。酔っ払いを侮ってはいけない。
 疫学をみると、お国柄が出る。米国でかなりの比重を占める暴力(銃撃等)による脊髄損傷が日本にはほとんどない。日本は平和な国だとつくづく思う。