「閉じ込め症候群」の患者はなぜまばたきできるのか?

 リハ医の集まりで、「閉じ込め症候群」が話題となった。
 脳底動脈閉塞により脳幹部橋底部の両側障害が生じると、皮質脊髄路障害による四肢体幹麻痺、および顔面神経・外転神経麻痺障害による顔面筋麻痺、眼球外転障害が生じる。一見、重度意識障害を生じているように見えるが、知的機能は保たれている。動くことが全くできない身体の中に知性が閉じ込められているという意味で、「閉じ込め症候群」という用語が使われる。
 問題となったのは、「閉じ込め症候群」の患者はなぜまばたきできるのか、ということである。開眼に関係する眼瞼挙筋は動眼神経支配であり保たれている。しかし、閉眼に関係するのは眼輪筋(顔面神経支配)であり、「閉じ込め症候群」では障害されているはずである。
 議論に興じている最中に、若手リハ医が、「神経内科医の文学診断」(岩田誠著)に同じような話題が出ていますよと割り込んできた。

神経内科医の文学診断

神経内科医の文学診断


 岩田誠氏は著名な神経内科医である。文学好きでも有名な氏は、神経内科医として興味深い症状が出てくる作品を題材に、季刊医学雑誌Brain Medicalに「神経内科の文学散歩」というエッセイを執筆した。本書は、その連載のまとめである。「4.ウィリアム・アイリッシュ『じっと見ている目』 −閉じ込め症候群−」に、求めていた答えがあった。
 アレクサンドル・デュマ著「モンテ・クリスト伯」に出てくるノワルティエ・ドゥ・ヴィルフォールの特異な病態は、「閉じ込め症候群」の存在を示唆したものとして、文学史上有名である。本書では、さらに、ウィリアム・アイリッシュ著「じっと見ている目」の主人公ジャネット・ミラーの話題も取り上げる。ノワルティエ・ドゥ・ヴィルフォール、ジャネット・ミラーに共通するのは、意思疎通の手段としてまばたきを用いることである。
 岩田誠氏は、次のように記載している。

 私は、アイリッシュにしてもデュマにしても、実際に閉じ込め症候群の患者を観察したことはないと思っている。それは彼らが二人とも、作品中の患者が、「まばたきをする」とか「眼をつぶる」という表現をしているからである。というのは、(以下略)


 興味ある方は、ぜひとも本書を購入して続きを読んでいただきたい。神経内科医の観察の鋭さに驚嘆させられる。


 「モンテ・クリスト伯」は確か小学生の頃読んだきりである。岩波文庫で計7巻という大著である。最近、古典文学にいそしむ機会がなかったが、あらためて読破してみたいという気持ちになった。

モンテ・クリスト伯〈1〉 (岩波文庫)

モンテ・クリスト伯〈1〉 (岩波文庫)


 ウィリアム・アイリッシュ「じっと見ている目」は、創元推理文庫アイリッシュ短編集(3)に収録されている。サブタイトルが「裏窓」となっているが、ヒッチコックの名作映画の原作である。