麻生首相の失言が止まらない

 麻生首相の失言が止まらない。
 経済財政諮問会議 第25回議事要旨(2008年11月20日)より。

(麻生議長) 67歳、68歳になって同窓会に行くと、よぼよぼしている、医者にやたらにかかっている者がいる。彼らは、学生時代はとても元気だったが、今になるとこちらの方がはるかに医療費がかかってない。それは毎朝歩いたり何かしているからである。私の方が税金は払っている。たらたら飲んで、食べて、何もしない人の分の金を何で私が払うんだ。だから、努力して健康を保った人には何かしてくれるとか、そういうインセンティブがないといけない。予防するとごそっと減る。
 病院をやっているから言うわけではないが、よく院長が言うのは、「今日ここに来ている患者は600人ぐらい座っていると思うが、この人たちはここに来るのにタクシーで来ている。あの人はどこどこに住んでいる」と。みんな知っているわけである。あの人は、ここまで歩いて来られるはずである。歩いてくれたら、2週間したら病院に来る必要はないというわけである。その話は、最初に医療に関して不思議に思ったことであった。
 それからかれこれ 30年ぐらい経つが、同じ疑問が残ったままなので、何かまじめにやっている者は、その分だけ医療費が少なくて済んでいることは確かだが、何かやる気にさせる方法がないだろうかと思う。


 経済財政諮問会議では、「社会保障・税財政一体改革について」が主な議題だった。特に社会保障国民会議吉川洋座長から出された「中負担・中福祉」の社会保障の確立による安心強化に向けて」を中心に議論が行われた。「中期プログラム」においては、次の3原則を掲げ、プログラムの具体化を進めるべきであると強調された。

  • 原則1 「中福祉・中負担の社会をめざす。」
  • 原則2 「安心強化と財源確保の同時進行。」
  • 原則3 「安心と責任のバランスのとれた安定財源の確保」

 以後、原則3の「安定財源の確保」についてと、舛添厚労相の示した「社会保障の機能強化に向けた取組について」の論議を進める中で、民間委員を中心に、無駄の排除、効率化を求める意見が出された。
 そして、議論の最終盤になって、冒頭に示した麻生首相の発言が飛び出した。


 各議員は、経済財政諮問会議(平成20年第25回)議事次第にある説明資料をもとに具体的数値を出して発言をした。しかし、麻生首相は、そんな資料よりも、自分が出席した同窓会の印象や経営する院長が30年前に行った世間話の方が重要な話題のようである。前後の議論と全く噛み合っていない。
 どうやら、医療費効率化のために、予防を強化しろということを主張したいようだ。善意に解釈すれば、発言の前半部分は生活習慣病対策について、後半は介護予防プログラムについて述べているととれる。


 以前、早期リハや介護予防、生活習慣病対策における短期的視点と長期的視点の区別というエントリーで、二木立氏の著書を引用したことがある。あらためて、医療費削減と予防医療との関係について紹介する。

 アメリカの禁煙プログラムの医療費節減効果のシミュレーション研究のロジックと計算結果は非常に示唆的です。それによると、禁煙プログラムの実施により、医療費は短期的には減少するが、喫煙を止めた人々の余命の延長とそれによる医療費増加のために、長期的には(15年後以降には)累積医療費は増加に転じるという結果が得られています*1
 私は、このようなロジックと計算結果は、リハビリテーションに限らず、介護予防、生活習慣病対策にも当てはまると判断しています。2005年の介護保険改正時に、厚生労働省は介護予防(新予防給付)により要介護状態の発症・悪化を予防でき、その結果、介護給付費の伸び率を大幅に抑制できると主張し、その根拠となる「文献集」を公表しました。しかし、私がそれに含まれる全文献を個別に検討したところ、介護予防による長期的な健康増進効果と費用抑制効果はまだ証明されていないことが判明しました。
 そのために、私は、早期リハビリテーションや介護予防、生活習慣病対策はあくまでも患者・障害者のQOLの向上のために行うべきであり、医療制度改革法案や介護保険制度改革のように、それによる大幅な費用抑制を見込むのは危険であると判断しています。


 健康へのインセンティブ - Dr.Poohの日記でも私と同様の主張をしている。ちなみに、「改革」のための医療経済学(兪炳匡著)は、医療問題を論じる上で欠かせない名著である。


 社会保障国民会議などで吉川洋座長や舛添厚労相らは、社会保障の強化をはかるために国民の理解を得て財源確保を目指す路線を示している。一方、麻生首相は未だに医療費抑制策に凝り固まっている。例の「医者には社会常識が最も欠落している」発言では医療現場に責任を押しつけたが、今回は患者や要介護者に矛先を向けている。自分以外の誰かを悪者にして、世論の分断をはかることを常套手段にしている。
 それにしても、「私の方が税金は払っている。」「何もしない人の分の金を何で私が払うんだ。」という発言にはがっかりさせられる。麻生首相は政界有数の資産家という話だが、実はとんでもない吝嗇家なのかもしれない。