良いP4P、悪いP4P

 本ブログは、「回復期リハビリテーション病棟への成果主義導入」に反対する目的で立ち上げた。この間の主張に関しては、関連エントリーをご参照していただきたい。

関連エントリー


 P4P(Pay for Performance)は、医療の質に対する支払い方式のことである。下記書籍にP4Pに対する詳細な説明がある。

P4Pのすべて―医療の質に基づく支払方式とは

P4Pのすべて―医療の質に基づく支払方式とは


 「第1章 P4P概論 第1節 P4Pは医療をどのように変えるか」より、「良いP4P、悪いP4P」の部分を中心に紹介する。

# なぜP4P(Pay for Performance)が注目されるのか
 P4Pの効用として期待されているのは、(1)医療の質の向上、(2)費用の効率化、(3)医療の可視化の3点である。


# P4Pに至る道
 P4Pが完成に至る道は7段階に分けることができる。

  • 評価尺度の設定
  • データ計測
  • データの提出とデータベース化
  • 正確で公正な分析
  • ベンチマーキング(成績比較)
  • パブリック・リポーティング(一般開示)
  • 成績向上支援策


 「医療の質は測れるのか」という問いがある。欧米では医療のアウトカム指標、プロセス指標がさかんに計測されている。しかし、依然として測れている医療の範囲は医療全体からするとごくわずかであることを忘れてはならない。
 「競争は医療の質を高めるのか」に関しては、ベンチマーキングによって医療の質が高まるという証拠は、欧米ではかなりある。パブリック・リポーティングに関しても、少数のエビデンスが出てきた。


# 良いP4P、悪いP4P
 良いP4Pとは、医療界への信頼を高め、医療界内部の自信も深め、質の高い医療を広くもたらすものである。

  • 幅広い医療分野をカバーする
  • アウトカムやプロセスに関する高いエビデンスに基づいた指標によって測られる
  • 指標が広いコンセンサスに基づいて作成されている
  • 医療現場のプロフェッショナリズムをベースにした、自主的で自律的な医療の質向上活動を刺激する
  • 医療消費者に施設や治療の選択への参加感覚をもたらし、医療の質や医療コストに関する国民のリテラシーを高める
  • 国民の医療への信頼を高める
  • 医療界への医療の品質保証と消費者への選択圧力の両面からパワーによって速やかに幅広い医療の質向上を実現する
  • 国民の支持によって医療の質への必要な資源投入に関して理解が得られる


 一方、悪いP4Pは、医療界に混乱と疑心暗鬼と分断をもたらし、いたずらに医療の質の格差を助長するものである。

  • 選ばれた指標に納得感が得られない
  • データの信頼性に疑問符が残ったまま
  • 現場に作業負担への不満がうずまき、それを「強いる」世論への反発が高まる
  • 長時間勤務、当直、病院や学会でのさまざまな役職など、医療現場での努力や労力がそもそも評価される仕組みがないなかで、P4Pによっていきなり診療結果のごく一部だけが評価されることによってかえってモラルダウンを招く
  • 評価尺度やデータ設計がしっかりしていないので、P4Pが本当に質の高い医療にインセンティブを付与しているのかが疑問となる
  • 医療消費者は一面の情報だけをその医療機関全般に関する評価と誤解して、極端な施設選択行動をするようになる
  • これらが医療者のやる気をそぐ
  • 医療機関の成績が公開されることと格差だけが着目され、医療への不信感が増す
  • P4Pでプラスの評価をされた施設には患者が集中するが、医療スタッフやベッドをそれに応じて拡充するスピードは遅々としている
  • 成績の高い施設のスタッフには疲弊感が漂い、患者のための医療の質への取り組みがむしろ停滞する
  • それでも診療を続け、ジリ貧が続き、医療の質はさらに低下するが、医療の質の情報に敏感でない層(比較的高齢者である者、地方都市や過疎地で情報への関心が薄い地域に在住する者など)はそうした施設を受診し続け、質の低い医療を受ける


 本書の「良いP4P、悪いP4P」の部分を読むと、「回復期リハビリテーション病棟に対する成果主義導入」に大きな問題があることにあらためて気づかされる。
 リハビリテーションは、患者の生活背景を配慮して目標と期間を設定する。働き盛りの患者と、高齢患者とでは「参加」のレベルでも、「活動」レベルでも目標は異なる。リハビリテーション医療は個別的な医療という側面を持つ。最もよく用いられているADL指標をとっても、リハビリテーション医療の守備範囲を網羅しているわけではない。FIMやBarthel Indexで満点をとることが目標ではない。公共交通機関利用、家事動作などより高いレベルを目指すべき患者は少なくない。復職という目標を達成しようとなれば、仕事内容を確認した上で対応する必要がある。さらに「心身機能・構造」レベルまで考えると、使用する臨床指標は多種多彩となる。
 2008年度診療報酬改定にあたって、回復期リハビリテーション病棟に対する質の評価として、「在宅等復帰率」と日常生活機能評価による「重症患者率」、「重症患者回復病棟加算」が設定された。自宅に退院できるかどうかは、重症度や家族背景によって左右される。回復期リハビリテーション病棟入院料?をとるために、重症患者や家族背景が悪い患者を排除するとなれば、モラルハザードが生じる。また、日常生活機能評価は、ハイケアユニット用の看護必要度B得点であり、回復期リハビリテーション病棟患者の重症度判定に用いるのは目的外使用である。


 納得できない臨床指標、データの信頼性への不信感、リハビリテーション医療のプロッフェッショナリズムへの軽視、それらが「回復期リハビリテーション病棟に対する成果主義」の本質である。2008年度診療報酬改定は、厚労省官僚が医療費抑制のためにだけ導入した「悪いP4P」の典型例として、歴史に名をとどめることになるだろう。