尾辻秀久、二木 立、権丈善一、3氏による医療座談会(上)

 権丈のホームページ(9月5日)を見ると、週刊東洋経済に掲載された医療座談会の記事がPDFファイルで閲覧できる。


 尾辻秀久参議院議員、元厚生労働大臣)、二木 立(日本福祉大学教授)、権丈善一慶應義塾大学教授)の議論が紹介されている。読み応えのある内容である。権丈善一氏と二木立氏がお互いに共鳴しながら、話を進めている。尾辻秀久氏は聞き役に回っている感がある。
 3氏の代表的発言を、ここでご紹介する。まずは、前半部分より。

# 「医療費抑制政策の撤回は大規模な財源確保から」


 尾辻: 今回の骨太の方針は極めてあいまいな姿になってしまった。社会保障政策では、医師不足対応などアクセルペダルが初めて盛り込まれた反面、2200億円の社会保障費削減というブレーキペダルを外すことはできなかった。まさしく玉虫色の表現と言わざるをえません。
 権丈: 骨太の方針に先だってまとめられた社会保障国民会議の中間報告(6月19日)は、少しトーンが違っていたと思います。今までは社会保障改革の目的を、「持続可能性」に置いていました。それを、「社会保障の機能の強化」というふうに置き換えた。今までの持続可能性ということも評価しつつも、新たに社会保障の機能強化を社会保障改革の目的に置いたということは、180度方向転換したというふうに考えてもいいのではないかと思うんです。
 二木: この間の過剰な医療費抑制政策を転換するためには、二つの閣議決定、すなわち一つは1997年の医師養成の抑制を継続するという閣議決定、それからもう一つは、小泉政権時代の06年の骨太の方針で、今後5年間で国費のレベルでの社会保障費の自然増のうち1兆1000億円を削減する−この二つの閣議決定を見直さなければならないし、それなしでは日本の医療の未来は切り開けないと言い続けてきました。そういう視点から見ますと、第一の閣議決定に関しては、玉虫色じゃなくてほぼ明確に否定されたんですよ。
 尾辻: (消費税増税、たばこ税増税両者に賛成することに関して、)「黒い猫でも白い猫でもネズミをとる猫はいい猫だ」というのが私のポリシー。つまり、社会保障のためのおカネならば、どこから出てきても結構だと。私は、社会保障の財源ならば何でも賛成するという立場です。
 権丈: 04年の日本の医療費はGDP比で8%、そのうち社会保険・租税からなる公的医療費は6.6%です。ドイツの公的医療費は8.1%、フランスは8.7%ですので、日本のGDP約500兆円で考えれば、ドイツ並みに財源を投入すると7.5兆円、フランス並みだと10兆円の財源が必要になります。
 この三つの壁(莫大な累積債務、社会保障や教育など公的サービス部門が崩壊寸前、政府不信)をどうやって解決していくかということになってくると、政府不信をあおればあおるほど、実は社会保障の再建も、財政再建もできなくなってくるんですね。
 やっぱり消費税を社会保障目的税化したり、あるいは社会保険料というのは一種の目的税なので、とにかく消費税や社会保険料社会保障目的税的な形で、ほかのものにはいっさい使いませんということを国民に見える形で示さなければならない段階にきていると思います。
 二木: 日本は戦前からの社会保険方式の国ですから、医療の主財源としては社会保険料をきちんと使うべきだと思うんです。まず社会保険料でカバーして、もちろん足りない部分をほかの消費税を含めた税で補完するようにしないといけない。
 権丈: 年金でも医療でも、租税方式にすべきという議論があるんですけれども、年金のところで議論をしているときにいつも欠けているのは、ドイツやフランスなど社会保険系統の国と比べて社会保険料の負担割合が、そんなに高くないという認識です。
 社会保険料の負担がものすごく高まってきていて、苦しいから消費税にという話はわかるんですけれども、企業側が負担を逃れたいために年金や医療を税方式にするのはいかがなものか。
 教育や少子化対策など租税しか財源を持っていない領域ってあるんですね。租税財源はそこに一歩譲ってもいい。社会保険というのはもう少し表に出していいのかなと。その点で二木先生と同じです。
 尾辻: 政治の現場におりますと、保険料の収納率が極めて低くなっていることを心配しています。これは、国民年金の収納率低下にいちばんよく表れています。
 二木: 大企業の社員が所属する組合管掌健康保険など、少なくとも国民の3分の2を占める被用者保険に関しては、保険料を上げることは、権丈さんがおっしゃったように、まだ十分余地があるわけです。その一方で、国保後期高齢者医療制度の保険料を引き上げるのは不可能だと思うんです。
 国保のほうが被用者保険より逆進性が強いですよね。だから国保の平均的な保険料率を上げることはできないし、むしろ低所得者はさらに減免を強くすべきだけれども、高所得者の負担が逆進的な部分は改善するということも併せてやるべき。生活困窮者への配慮と、社会保険料全般の問題は区別するべきです。

(  )内は文脈より補足。


 医療費抑制政策の見直しが必要であることは、3者とも一致している。医療関係者のほとんども同意見だろう。食い違いがあるのは、どこに財源を求めるかということである。二木氏と権丈氏の立場はほぼ同じである。医療の主財源は社会保険料であり、不足分を消費税を含めた税で補完するという立場である。
 60ページにある権丈氏作成の表をみると、社会保険料使用者負担の割合がドイツ、フランス、スウェーデンと比べ低いことが示されている。間違いなく、ここに引き上げの余地がある。なお、米国は61ページの図にあるように公的医療費が少ないが私的医療費が飛びぬけて高く、英国は税金で医療をまかなっているため社会保険料が少ない、という特徴がある。
 権丈氏作成の表には、租税負担の内訳(個人所得課税、法人税、資産課税、消費課税)も提示されている。法人税の負担割合は日本は他国と比べ高い。一方、個人所得課税、消費課税は比較すると低い。
 私自身、権丈・二木両氏の影響を強く受けていると自覚している。医療費増額の主財源を医療保険料に求めることに関しては、低所得者への配慮などの留保条件はあるが、基本的に賛成である。しかし、消費税増税に関しては反対の立場である。最大の理由は、消費税が医療機関にとっては損税となっていることである。医療材料費購入時に支払った消費税は患者には転嫁できない。現在でも、薬品や材料費に年間20億円使っていたとすると、そのうち1億円は消費税である。あと5%消費税が上がったらとても経営が成り立たない。とは言っても、権丈氏が示したデータを見せられると、また、医療・介護・年金以外の社会保障分野(教育など)のことを考えると、消費税を含めた税体系の見直しは避けられないのでは、という気持ちにもなっている。