税・財政・社会保障制度の一体改革、御手洗経団連会長講演より

 社会保障財源に関する経済界の考えについて。日本経団連「日本経済の現状と課題」より、「IV.税・財政・社会保障制度の一体改革」の部分を引用する。

「日本経済の現状と課題」
共同通信社きさらぎ会」における御手洗会長講演


日時 : 2008年9月17日(水) 11時30分〜12時30分
場所 : グランドプリンスホテル赤坂
コンベンションセンター「五色」1階 赤瑛の間


I.はじめに


ただいま、ご紹介いただきました、経団連の御手洗でございます。本日は、今回で622回目を迎える、歴史と伝統ある「きさらぎ会」の例会でお話する機会をいただき、大変光栄に存じます。
今日は、「日本経済の現状と課題」ということで、景気の現状についてお話した上で、これからのわが国にとって、いま最も重要な課題であると考えております4つのテーマ、すなわち、経済の成長戦略、税・財政・社会保障の一体改革、地球温暖化問題、そして道州制につきまして、私の考えを申し上げたいと存じます。


(中略)


IV.税・財政・社会保障制度の一体改革


さて次に、2番目のテーマとして、税・財政・社会保障制度の一体改革についてお話したいと思います。
この点につきましては、経団連といたしましても、日本が抱える最重要課題と位置づけておりまして、現在、関係する委員会が連携しながら、検討を進めております。
近いうちに、政策提言という形でお示しできると思いますが、本日は、基本的な考え方につきましてご説明したいと思います。


(1) 一体改革の必要性


先ほども申しあげましたが、この国を覆う、何とも表現しがたい閉塞感の大きな原因には、国民のセーフティーネットへの不信感があると考えられます。退職後の生活はどうなるのか、健康に問題が生じた場合にはどうするか、子供を明るく元気に育て上げることができるかどうか、などといった、本来、先進国の国民としては心配する必要がないような、最も基本的な国の役割への不信感であります。大変残念なことであります。
昨今の年金記録の問題や医療体制の不備、医師不足長寿医療制度についての国民への説明不足なども、これらの不安をさらに増幅する結果につながっています。
もう一つ、根本的な問題として、これまで誰も経験したことのない、少子高齢化、人口減少社会への突入で、日本という国の存続自体が、どうなってしまうのかという大きな不安もあると思います。
これまでの成長過程では、誰もが信じていた、今日より明日が良くなる、今年より来年が良くなるという展望や夢を、多くの国民が失いかけているのではないでしょうか。
政府はこれまで、小泉内閣の骨太方針2006を基礎として改革を続けて来ました。「改革なくして成長なし」のスローガンの下、政治のリーダーシップで着実な改革が進められてきたことは、大変素晴らしい決断・行動力であり、評価いたします。
しかし、肝心の改革の後の明るい将来像が描けないまま今日に至ってしまっているのではないでしょうか。特に、骨太方針は本来、歳出、歳入、成長をセットで改革するものであったはずが、歳入面での改革が遅れておりますし、また、原材料価格の急騰という、当時予想されなかった市場の激変などによって成長戦略にも大きなブレーキがかかっております。ここに来て、歳出のカットが半ば自己目的化して、セーフティーネットでさえ綻びが目立つという事態に陥っており、国も地方も、疲弊が目立っております。
そこで、今一度、今後の改革を一体的に展望し直す必要が出てきています。
すなわち、歳出の中で最大のウエイトを占め、国民生活の安心を支えるために最も重要な社会保障制度と、これを持続可能にするための歳入面の改革、すなわち税制抜本改革、そして、それらと並行して、先進国最悪の財政状況を少しずつ改善していくという、3つの改革を一体的に考え直すことが急務となっています。


(2) 社会保障制度の持続可能性と少子化対策の実行


まず、少子高齢化に伴う社会保障制度の改革ですが、この必要性は改めて説明するまでもありません。
わが国の少子高齢化は、他の先進国とは比較にならない猛スピードで進んでおります。2025年には現役世代2人で1人の高齢者を、2050年には1.3人で1人の高齢者を支えなければなりません。おそらく、この数値を聞くたびに、日本の若者は、驚き、また、この国で働く希望を失いかけてしまうのではないでしょうか。
これまでの社会保障制度は、右肩上がりの経済成長や人口構成を前提として設計されております。このため、今後は、少子高齢化を超えるスピードで経済成長を達成し続けない限り、制度を持続することはできません。もはや、これまでのように現役世代が高齢者を支えていくという世代間扶養の考え方で制度を維持していくことは困難となっています。そこで、国民全体で制度を支えあうよう、税金で制度を支える割合を増やしていくことが必要となります。
すでに、基礎年金の国庫負担割合を、来年度には3分の1から2分の1へ引上げることが決まっています。しかし、残念ながら、税制抜本改革の実現が遅れ、この財源すら、いまだに手当がついていません。
今後も社会保障関係費用は、年間1兆円のスピードで増大し続けてまいります。無駄の排除や効率化が大前提であることは、社会保障関連費用についても例外ではありません。しかし、歳出の削減だけでこの急ピッチの費用増大をカバーしきれないことは、誰しも理解できると思います。安定的な財源を確保して、社会保障制度の綻びを直し、さらに機能を強化していくことは、国民の安心感を高めるために不可欠の課題であります。
また、国の根本的な問題として、少子化にどのように対応していくかという点についても、議論百出ですが、こちらも一向に明確な対策が打たれておりません。
少子化問題の解決には、大変長い年月が必要となりますが、まさに国の存続、国力、国益に関わる一大事であり、財源の確保とともに対応を急がなければなりません。


(3) 財政の健全性


次に財政面についてですが、国・地方の長期債務残高はGDPの1.5倍、国だけ見ても、国税収入の10年分の借金が積みあがっております。これは、先進国で最悪の状況です。国の消費税の収入は1年間約10兆円ですが、これとほぼ同額が毎年の国債の利払いで消えており、国民の安心安全を支える政策には、まわっていないという状況です。低金利の影響で、債務残高の増加には歯止めがかかっているものの、まさに借金が借金を生んでおり、会社経営に例えれば、毎期営業赤字のまま、手をこまねいているという危機的な状況といえます。
国・地方の債務残高は約800兆円ですから、仮に1%金利が上がったとするとそれだけでも8兆円、消費税数パーセント分が消えるという計算になります。
一刻も早く、徹底した無駄の排除、行政の合理化と同時に、歳入の改革を進めることによって、まずは、国際公約でもある「プライマリーバランスの黒字化を達成」することが重要であり、第一歩であります。そして、その先も財政健全化の取り組みを続け、子孫に過大なツケを残さないよう、中長期的に債務残高の増加に歯止めをかけていく必要があります。


(4) 成長力の強化


さて、財政状態が厳しいという話になると、すぐに縮小均衡的な発想に陥りがちですが、国民の生活を豊かにしていくためには、持続的な経済成長が絶対に必要となります。経済成長がマイナスになれば、所得税や法人税などの税収も落ち込み、逆に財政の健全化も図れませんし、社会保障制度の持続可能性も確保することができません。
まさに、赤字企業がいかにV字回復を図っていくかと同じで、経費のカットだけでは会社の再生はできません。大変難しい舵取りではありますが、成長力を確保する税制上の措置や歳出も同時に措置していくことが重要になります。
日本は天然資源に乏しい国ですし、今後は人口減少によって内需の拡大には限界が生じますから、成長を続けていくためには、グローバルな視点が欠かせません。
冒頭、申しあげました通り、国内企業のみならず、海外からの投資を惹きつけるような魅力ある制度基盤を整備することが重要であります。このような観点から、今、世界各国では法人実効税率の引下げ競争が繰り広げられています。先進国で、実効税率が40%に取り残されているのは、昨年までは日本とアメリカとドイツでしたが、今年ついにドイツも税率引下げを断行し、30%となっております。その結果、EUの平均では28%となっておりまして、わが国でも税制抜本改革において10%程度の引下げを実現していくことが必要と思います。
さらに、内外の知力を融合させてイノベーションを続けていくこと、各国とEPAやFTAを締結してオープンな関係を築いていくこと、効率的な電子行政・電子社会を確立して生産性を挙げていくことなどが急がれます。
また、地域ごとの特色を活かした成長戦略を描く必要があり、経団連が究極の構造改革と位置づけております、道州制を実現することで、地域独自の力を結集して成長を確保していくことが重要であります。


(5) 一体改革のビジョン


以上申しあげましたように、税・財政・社会保障の一体改革は、日本が直面する最も重要な課題であり、この改革なくして、日本の将来は展望できません。
一体改革は、短期間で終わるものではありません。むしろ、10年先、20年先を見通して、日本の目指すべき将来像を明確にし、国民が受ける公的サービスの水準や、そのための負担などを明確に国民に示し、コンセンサスを得ていくべきものであります。
たとえば、北欧諸国の中には、税と社会保障負担の合計が7割に至るような「高福祉・高負担」の国々もあります。一方で米国のように自助努力を原則とした国も存在します。
どのような国の姿を目指すかは、まさに国民の選択によるべきであります。経団連といたしましては、日本に暮らすすべての人々がセーフティーネットから、こぼれ落ちることなく、かつ、個人や企業が自助努力に励み、活力を最大限発揮できる仕組みを目指すべきであると考えております。
現在、日本の税と社会保障負担をあわせた国民負担率は、40%台の前半でして、国際的に見ても非常に低い水準です。中長期的に目指す形としては、たとえば、イギリスやドイツと同等の50%台くらいの姿ではないでしょうか。その過程におきましては、例えば、現行の基礎年金を保険料方式から税方式に移行させていくことを検討していくべきでしょう。医療制度、介護保険制度におきましても、公費負担を徐々に引き上げていくことが必要になると思います。
現在政府では、社会保障国民会議において検討が進められておりますが、経団連としても、11月を目途に社会保障各制度の具体的なあり方を示したいと考えております。
税制につきましても、少子高齢化グローバル化といった大きな環境変化の中でも安定的に国の財政基盤を支えることができる体系を目指して改革を続けていくことが必要であります。
現在、日本の税収構造を見ますと、法人所得課税と個人所得課税がそれぞれ約3割、消費課税が3割弱、そして資産課税が1割強という比率になっています。つまり、所得課税が6割を占めており、景気の変動などに対して、非常に脆弱な構造、不安定な財政基盤になっています。欧州諸国などを見ますと、大体、消費課税が約4割から5割で、所得課税の比率が低いことが特徴です。
欧州諸国が消費課税に軸足を置く税体系を目指しているのには、いくつかの理由が考えられます。
まず、消費税は、所得課税に比べて経済活動への影響が中立的であり、景気変動によって税収が大きく増減することが少なく、安定的という特徴があります。また、国民全体が広く薄く負担することから、社会保障制度といった、国のセーフティーネットなどを支えるのに、ふさわしい税目といえます。さらに、日本の将来の成長はグローバル化とともにあるわけですが、消費税は日本の利益の源泉である輸出製品に対しては、基本的にはかかりませんので、国際的なコスト競争で不利になることもありません。
ちなみに、OECD諸国で消費税率が一桁に留まっているのは、日本以外にはカナダとスイスだけであります。欧州ではECの指令で標準的な税率が15%と示されておりまして、英・独・仏では、約20%の税率となっています。
OECDが本年4月に発表した対日報告書におきましても、「日本は、消費税率を引き上げて政府の必要な歳入を確保するよう包括的な税制改革を実施すべき」と明記されております。
このように、今後の税制抜本改革では、所得、消費、資産の各々の課税のバランスがとれた税収構造へと改革を進めていくことが重要です。


もう1点、税制抜本改革に向けて、国民や企業が必ず再確認しておかなければならない重要なポイントがあります。
それは、適切な公的サービスを受けるために必要な負担は、子孫に負担を先送りするような借金によるのではなく、自分でまかなっていくという原則です。この当たり前の姿勢さえ国民の間に共有できれば、少子高齢化の中においても、必ず、活力ある税体系の確立が可能になると考えます。
むろん、そのためには、行政の無駄の排除や歳出の効率化を同時に進め、国に対する国民の信頼感を高めていくことが重要です。
また、国・地方のサービスに対して、どのような負担が必要なのかということを丁寧に説明していく必要があります。そうすれば、選挙を通じて、より正しく、国民が求める選択を実現していくことにつながります。
一体改革は、単年度で終わるものではありません。複数年度にまたがる改革を、歳入歳出一体、増減税一体で、計画的、継続的に行っていくことが必要です。その計画的な改革の工程表を経団連として、近く、お示ししたいと存じます。与野党においても、本年末の税制改正作業で活発に議論されることを期待しております。


(後略)


 本講演内容を簡単にまとめると、次のとおりになる。

  • 日本を覆う閉塞感の大きな原因には、国民のセーフティーネット(年金、医療、介護等)への不信感がある。
  • 少子高齢化、人口減少社会への不安もある。
  • 税・財政・社会保障制度の一体改革が必要である。
  • 安定的な財源を確保し、社会保障の綻びをつくろい、財政の健全化をはかることが望まれる。
  • 成長力の強化のために、税制改革において、法人税実効税率10%程度の引き下げが必要である。
  • 税と社会保障負担をあわせた国民負担率を、中長期的には、イギリスやドイツと同等の50%台くらいを目指したらどうか。
  • 基礎年金を保険料方式から税方式に移行させていくことを検討していくべき。医療制度、介護保険制度においても、公費負担を徐々に引き上げていくことが必要。
  • 世界的に見ても、日本は消費税率が低く、歳入確保のためには引き上げが必要である。なお、日本の利益の源泉である輸出製品には消費税がかからないので、国際競争で不利になることはない。


 社会保障制度改革、財政健全化のために、国民負担率を引き上げることが必要と述べている一方で、法人税率は引き下げを主張している。また、基礎年金を税方式とし、医療・介護も公費負担の割合を増やすとも主張している。すべてを消費税増税でまかなおうとするならば、とんでもない大増税になる。
 法人税、国民負担率、消費税に関しては、具体的な数値をあげて国際比較をしている。しかし、税と並んで財源確保の柱である社会保険料については、比較を試みようとさえしていない。社会保険料事業主負担は先進国の中では最低水準(資料編)でも取り上げたが、日本の社会保険料事業主負担は先進国では最低水準にある。
 基礎年金を税方式にすることも、医療保険介護保険における公費負担を引き上げることも、いずれも事業主社会保険料節約につながる。消費税増税も、キャノンやトヨタといった企業にとっては、輸出品には消費税がかからないのでデメリットは少ない。税・財政・社会保障制度の一体改革という主張は、グローバルな活動をする大企業の税負担・社会保険料負担を減らすことが目的としか思えない。