労働経済白書、経済財政白書をめぐる「閣内不一致」

 朝日新聞日本型経営、良いか悪いか 二つの白書「閣内不一致」より。

日本型経営、良いか悪いか 二つの白書「閣内不一致」
2008年7月23日13時49分


 厚生労働省が22日発表した労働経済白書は、長期雇用など日本型雇用慣行について、生産性の向上につながると再評価した。一方、内閣府が同日発表した経済財政白書では、終身雇用を中心とする日本企業のリスクを取らない体質が低成長の一因だと批判しており、長期雇用の評価を巡り「閣内不一致」とも言える対照的な内容となった。


 労働経済白書は、90年代以降、日本型雇用慣行が修正されたことで、労働者の「働きがい」がどう変わったかを分析した。84年から05年にかけて、「仕事のやりがい」に満足な人の割合は31%から16.6%と大幅に低下した。


 満足度の低下の背景には、非正規労働者の増加と、成果主義賃金の導入があると指摘。実際、パートや契約・派遣社員などの非正規労働者は特に90年代半ばから急増し、07年には1732万人と雇用者数の3割を超えた。


 成果主義についても、「3年前に比べて仕事への意欲が低下した」と答えた人の理由のなかで、「評価の納得性が確保されていない」が35.6%を占めており、「評価基準があいまいで、労働者の納得感は低下した」と見ている。


 今後は、長期雇用を再評価して計画的な人材育成を行うとともに、成果主義賃金は「適用範囲を見直し、意欲の向上に役立つ部門に限定する」ことで「働きがい」を高めることが、生産性の向上にもつながると結論づけた。


 白書が日本型雇用への回帰を打ち出したのは、非正規雇用の増加など労働市場の自由化が、格差拡大を招いたという世論の流れに沿うものだ。厚労省は、規制緩和が続いてきた労働者派遣法について、日雇い派遣の原則禁止など規制強化にカジを切る方針だ。


 一方、経済財政白書では、終身雇用を中心とする「日本型企業システム」が、経営上のリスクを取りづらい体質をうみ、成長率の低さにつながっていると分析した。


 年功賃金や退職金制度については、「成果主義的な賃金体系に比べ、リスクテークによって得られる成果が賃金に反映されにくいため、従業員がリスクをとるインセンティブに欠ける」と批判している。(生田大介)


 厚生労働省:白書、年次報告等内に、労働経済白書がある。平成20年版労働経済の分析(「労働経済白書」)のポイントで、働く人々の意識と仕事に対する満足感について、次のような分析をしている。

 1990年代以降、就業形態や賃金制度は大きく変化し、正規以外の従業員が増加するとともに、業績成果主義的賃金制度も拡大。企業の経営環境が厳しかったことから企業の対応は人件費抑制的な視点に傾きがちで、労働者の満足感は長期的に低下。


# 働く人の意欲の発揮にむけて
 正規従業員として就職したいと思っている人々の正規雇用化に取り組むとともに、就業形態間の均衡処遇を着実に推進。また、業績成果主義的賃金制度を有効に機能させるために評価基準の明確化、評価結果の説明なども企業の課題に。


 労働経済白書では、労働経済の推移と特徴について、次のように述べている。

 我が国経済は、2008年に入り景気回復は足踏み。新規学卒者の就職状況は改善しているが、小規模事業所での賃金低下は継続。


# 持続的な経済発展に向けて
 賃金は低下し消費支出も力強さを欠く中で、経済回復を着実なものとし、その成果を雇用の拡大、賃金の上昇、労働時間の短縮へとバランス良く配分することによって勤労者生活を充実させ、持続的な経済発展を実現することが重要。


 労働経済白書を読むと、人件費抑制の流れの中で、労働に対する満足感が減退していることが読み取れる。また、小規模事業所を中心に賃金低下が著しく、2000年以降の景気回復の果実は、小規模事業所には行き渡っていないことが示されている。


 一方、内閣府白書等の中に、平成20年度経済財政白書がある。
 経済財政白書は、市場経済の視点で記載されている。雇用に関係する記載をいくつか引用する。

・ 企業収益は高水準となったが、賃金の上昇にはつながらず、景気回復が家計に波及していない。実質賃金は労働生産性の伸びを下回っている。
・ 輸出関連製造業では労働分配率が低下する一方、労働生産性の伸びは高い。グローバルな競争の中で賃金抑制圧力が強まり定期給与の伸びを抑えているが、好調な業績については、ボーナスで還元してきた。
・  一方、非製造業等では、ボーナスを含めて賃金を抑制することで収益が確保されたものと考えられる。


 企業収益改善が賃金の上昇に結びついていないこと、非製造業などでは賃金抑制で収益を確保していることを認めている。このことが内需低迷に影響していると考えるべきだが、経済財政白書の提言は違う方向に向かう。

・ 日本企業を全体としてみれば、1990年代後半から株式持合い比率の低下が顕著となり、安定保有株式の割合も大きく低下した。また、外国人や信託銀行の株式保有割合が高まる一方で、都銀・地銀等、生・損保、事業法人の割合が低下した。他方、雇用面をみると、既存の大企業では正社員の長期雇用に大きな変化は生じていない。
・ しかし、企業ごとにみると同質性が薄れ多様化しつつあり、メインバンク依存度と平均勤続年数に着目すると、1)依存度が高く勤続年数が長い、2)依存度が低く勤続年数が長い、3)依存度が高く勤続年数が短い、4)依存度が低く勤続年数が短いといったパターンに分けられる。
・ 一般に、1)のような「伝統的日本型」企業は、その逆の「市場型」企業と比べ、リスクテイクの度合いが低い傾向がみられる。


 メインバンク依存度が高く平均勤続年数が長い「伝統的日本型」企業は、リスクを払わないから成長性が低いのだ、と主張している。リスクテイクと成長性との関連については、基本的知識が私に不足しているためか、理解は困難だった。


 労働経済白書、経済財政白書とも、景気の回復が賃金に反映されていないことを認めている。逆に、賃金抑制で企業収益が産み出されている現状を明らかにしている。企業の業績回復が、労働者の犠牲の上に成り立っていることを両白書とも示している。
 課題解決方法において両者に違いを認める。労働経済白書では、正規雇用化等の労働条件の改善で内需を刺激し、その成果を雇用の拡大、賃金の上昇、労働時間の短縮へとバランス良く配分する、という方策を提案している。前回のエントリーで紹介した厚生労働白書の視点、社会保障充実で経済波及効果を期待、にも通じる。一方、経済財政白書では、市場経済を重視している。この視点は、グローバル経済に身を置いている輸出産業や金融産業にはあてはまる。しかし、既にサービス業などの非製造業では、人件費削減でしか収益を産み出せなくなっている。市場経済原理主義新自由主義では、格差の増大による様々な問題に対応できない。


 労働経済白書、経済財政白書をめぐる「閣内不一致」は、日本の将来像をめぐる立場の違いによる。両者の潮流が複雑に絡み合いながら政局を作っている。