胃管誤留置に関する欧文文献

 胃チューブ誤留置に関する文献検索を行った。得られた論文の中で、胃チューブ誤留置に伴う合併症記載があるものを抽出した。さらに参考文献の中より同様の条件があるものを探した。総説[1)-4)]、臨床研究・症例報告[5)-19)]が得られた。


1.胃チューブ誤留置が注目されるようになった背景
 Ellett(1996)[1)]は、栄養チューブ留置の異常についてこれまでの文献のレビューを行っている。また、1980年代後半に、Roubenoffら(1989)[2)]、Lipman(1987)[3)]、Bohnkerら(1987)[4)]より、胃チューブ誤留置と呼吸器合併症に関する総説が相次いで発表されている。
 この間の事情について、1980年代後半の総説[2)、3)]に以下のような記載を認める。
 経管栄養は100年あまり使用されてきたが、10年ほど前(1980年前後)から、栄養管理目的に作成されたチューブの発達に支えられ、より積極的に使用されるようになった。経管栄養は、静脈栄養と比べ、安全、安価でより生理的である。胃チューブは、軟性でたわみやすく、細径で、金属製の先端があり、スタイレットを用い挿入する種類のものが用いられるようになった。しかし、同時に、生命に危険を及ぼす機械的合併症として、胃チューブの気管内侵入とそれに伴う呼吸器合併症を認めるようになった。


2.胃チューブ気管内誤留置頻度、重大事故、リスクファクター
 表に、胃チューブ気管内誤留置頻度の記載がある文献[2)、5)−12)]を示す。


表 胃チューブ誤留置頻度と重大事故、リスクファクター

発表者 論文掲載年 施設 対象数 誤留置数(%) 重大事故数(%) 重大事故内容
Mardersteinら[5)] 2004 米国大学病院 4,190 87 (2.1%) 9 (0.2%) 気胸9
Rassiasら[6)] 1998 米国大学病院ICU 740 14 (1.9%) 5 (0.7%)内死亡 2 気胸・血気胸4、胸腔へ注入1
Bankierら[7)] 1997 オーストリア大学病院ICU 約1,700 14 (0.8%) 8 (0.6%) 気胸4、肺炎4
Wendellら[8)] 1991 米国大学病院 約140 3(2.1%) 3(2.1%) 胸水を伴った気胸3
Roubenoffら[2)] 1989 米国大学病院 約600 5(0.8%) 4(0.7%) 気胸4
Harrisら[9)] 1989 米国大学病院ICU 71 3(4.2%) 3(4.2%) 気胸1、肺炎2
McWeyら[10)] 1988 米国大学病院 約1,100 14(1.3%) 8(0.7%) 気胸4、広範な胸水貯留1、肺炎・膿胸2、食道穿孔1
Ghahremaniら[11)] 1986 米国大学病院 340 7(2.1%) 1(0.3%) 気胸1
Valentineら[12)] 1985 米国大学病院ICU 1,652 5(0.3%) 5(0.3%) 気胸4(うち肺炎1)


 誤留置頻度は約2%(0.3−4.2%)であり、決して稀ではない。重大事故はそれよりやや少なく、1%弱程度である。気胸の発生が多い。気管内挿管ないし気管切開を施行した患者に誤留置が多い。その他、意識障害、認知機能障害、鎮静剤使用、咽頭反射・咳反射の障害などが危険因子としてあげられている。
 Mardersteinら(2004)[5)]は、複数回誤留置が、32.2%を占めると報告している。患者特有の咽頭上気道の解剖、認知機能障害、気管切開・気管内挿管などの条件が誤挿入されやすい環境を作っているのではないかと指摘している。
 Bohnkerら(1987)[4)]は、胃チューブ誤留置に関しては、(1)挿入経路の解剖学的異常(気管切開、気管内挿管を含む)、(2)神経学的機能障害、(3)患者の衰弱、(4)チューブ挿入困難、という4つの重要なリスクファクターがある、と述べている
 Roubenoffら(1989)[2)]は、リスクファクターとして、気管内挿管ないし気管切開が60%(95%信頼区間、44-80%)、認知機能障害36%(95%信頼区間、24-53%)という数字をあげている。
 栄養チューブの種類は、誤留置頻度と重大事故、特に気胸の発生に影響を与えている。
 Roubenoffら(1989)[2)]は、栄養チューブをたわみやすい軟性チューブに変更した後症例が相次いだ、と述べている。
 Lipman(1987)[3)]は、剖検肺で栄養チューブの通過をみたところ、栄養チューブの銘柄やチューブサイズに関わらず、気管支と肺実質を通過してしまった、と記載している。Woodallら(1987)[13)]も同様に剖検肺を用いた研究を行い、金属製の先端がより重要な役割を果たしていることを示唆している。なお、栄養チューブ通過に際し、気管チューブのカフは抵抗を全く示していない。


3.栄養剤等の注入に伴う重大事故
 気管支近位部への胃チューブ誤留置は、栄養開始がされなければ有害ではない[2)]。しかし、誤挿入された細径胃チューブに栄養剤を注入することは、比較的無害な留置を生命が脅かされる状況に変える[4)]。
 誤留置後に栄養剤等を注入した症例報告例を示す。いずれも挿入時に特に異常を認めていない。さらに、注入時にも明らかな異常が指摘されず、時間が経ってからX線写真で確認されている。


# 胃チューブ誤留置後に栄養剤等を注入した症例の特徴
 Yavascaogluら(2001)[14)]: トルコの大学病院。67歳、男性。パーキンソン症候群、肺炎で人工呼吸器管理中。挿入は困難で数回の施行後に達成。聴診で確認。注入時、異常記載なし。挿入38時間後に高熱を発し、その後心肺停止。胃チューブ食道穿孔後の水胸症と診断。死亡。
 Sabgaら(1997)[15)]: カナダの大学病院。51歳、男性。サリチル酸中毒。挿入時、異常記載なし。聴診で確認。活性炭を水に溶かし注入。嘔吐なし。30分後に患者は覚醒したが、不快感は訴えず。胸部X線で誤留置確認。抜去後、声の質が変化し、嗄声がなくなった。 肺炎、胸水、気胸と診断。改善し退院。しかし、4日後に再度サリチル酸を大量に服用し死亡。
 Wendellら(1991)[8)]: 米国大学病院。85歳、女性。脳梗塞(左前頭葉側頭葉)。挿入時、異常記載なし。胸部X線で確認。胸部X線で確認前に、栄養剤400-500mlを注入。異常記載なし。ただちに胃チューブを抜去。胸水を伴った気胸と診断。軽快し、胃瘻を造設。
 Hendry ら(1986)[16)]: カナダの大学病院。2例の報告あり。(1)79歳、男性。異所性adreno-corticotropic hormone症候群、肺炎で人工呼吸器管理中。挿入時、異常記載なし。聴診で確認。投薬実施。異常記載なし。 翌日の胸部X線撮影にて右気管支から胸腔への誤留置を確認。 気胸と診断。軽快。(2)75歳、男性。冠動脈バイパス術後に心筋梗塞を発症、肺炎、人工呼吸器管理 → 離脱、抜管直後。挿入時、胸部X線で確認。当初適切な位置にあると判断された。 経管栄養実施、異常記載なし。その夜、呼吸状態が悪化、再挿管、人工呼吸器管理となる。胸部X線見直しで、誤留置を確認。大量の左側胸水。敗血症から多臓器不全を生じ、死亡。
 Valentineら(1985)[12)]: 米国大学病院ICU。68歳、男性。篩骨洞腫瘍術後、呼吸不全、人工呼吸器管理中。挿入時、胸部X線で確認。当初、胃内にあると判断された。50ml/hrで注入。12時間後まで異常指摘なし。発熱、頻呼吸出現。胸部X線で左胸腔にチューブ先端を確認。気胸と診断。軽快。


4.重大事故予防策
 栄養チューブ挿入時、(1)空気注入による心窩部での聴診、(2)胃内容物の吸引、(3)最後までチューブの挿入が円滑であること、(4)咽頭反射と咳反射がないこと、という伝統的胃内留置確認法は重症患者には最適ではない、ということが欧米の論文で繰り返し指摘されている。集中治療を行う患者の場合には、栄養チューブの位置異常とそれに伴う合併症を防ぐために、ベッドサイドでの胸部X線撮影の役割が強調されている[1)−16)]。
 Mardersteinら(2004)[5)]は、気胸を減らす目的で新たな栄養チューブ挿入法を提案している。まず栄養チューブを35cm挿入した時にX線を撮り、食道内にあることを確認する。さらにチューブを進め、胃ないし十二指腸にあることをもう一度X線で確認している。
 一方、X線撮影に代わる胃チューブ確認法・挿入法として、以下の研究がある。
 Neumannら(1995)[17)]は、X線撮影に代わる胃チューブ確認法として、聴診法と胃液を吸引しPHを測定する方法を併用することを提案し、PHが4以下なら胃液と考えて良いと強調している。ただし、H2遮断薬などによって偽陰性となる可能性があると述べている。
 D'Souzaら(1994)[18)]は、栄養チューブ内のCO2を測定する装置を使用した再発予防対策を述べている。
 Harrisら(1989)[9)]は、26Frのゴム性カテーテルをintroducerとして使用する方法を開発している。
 Kearnsら(2001)[19)]は、聴診法、吸引物確認、吸引物PH測定、そして電磁技術を用いた確認法の4種の方法を、ランダム化比較試験で検討した。X線による確認法を至適基準とした。対象113例中11例に位置異常があったが、電磁技術法と吸引法は11例全ての位置異常を同定した。電磁技術法は、感度100%、特異度75%、陽性尤度比4.0と最も良好だった。ベッドサイド検査法にかかる時間も2.1分とX線法と比較して短く、他の確認法と大差がなかった。電磁技術法が商業的に利用できるようになると、X線の過剰使用を78%減らすことができ、医療費節約にもつながると述べている。


【参考文献】
1) Ellett ML: What is the prevalence of feeding tube placement errors and what are the associated risk factors? Online J Knowl Synth Nurs Vol 4, Document Number 5,1997.
2) Roubenoff R, et al:Pneumothorax due to nasogastric feeding tubes. Report of four cases, review of the literature, and recommendations for prevention. Arch Intern Med 149:184-8,1989.
3) Lipman TO: Nasopulmonary intubation with feeding tubes. Therapeutic misadventure or accepted complication? Nutr Clin Pract 2: 45-48,1987.
4) Bohnker BK, et al: Narrow bore nasogastric feeding tube complications: A literature review. Nutr Clin Pract 2: 203-209,1987.
5) Marderstein EL, et al: Patient safety: effect of institutional protocols on adverse events related to feeding tube placement in the critically ill. J Am Coll Surg 199:39-47,2004.
6) Rassias AJ, et al: A prospective study of tracheopulmonary complications associated with the placement of narrow-bore enteral feeding tubes. Crit Care 2:25-28,1998.
7) Bankier AA, et al: Radiographic detection of intrabronchial malpositions of nasogastric tubes and subsequent complications in intensive care unit patients. Intensive Care Med 23:406-10,1997.
8) Wendell GD, et al:Pneumothorax complicating small-bore feeding tube placement. Arch Intern Med 151:599-602,1991.
9) Harris MR, et al:Pulmonary complications from nasoenteral feeding tube insertion in an intensive care unit: incidence and prevention. Crit Care Med 17:917-9,1989.
10) McWey RE, et al: Complications of nasoenteric feeding tubes. Am J Surg 155:253-7,1988.
11) Ghahremani GG, et al:Nasoenteric feeding tubes. Radiographic detection of complications. Dig Dis Sci 31:574-85,1986.
12) Valentine RJ, et al:Pleural complications of nasoenteric feeding tubes. JPEN J Parenter Enteral Nutr 9:605-7,1985.
13) Woodall BH, et al: Inadvertent tracheobronchial placement of feeding tubes. Radiology 165:727-9,1987.
14) Yavascaoglu B, et al:Fatal hydrothorax due to misplacement of a nasoenteric feeding tube. J Int Med Res 29:437-40,2001.
15) Sabga E, et al:Direct administration of charcoal into the lung and pleural cavity. Ann Emerg Med 30:695-7,1997.
16) Hendry PJ, et al: Bronchopleural complications of nasogastric feeding tubes. Crit Care Med 14:892-4,1986.
17) Neumann MJ, et al: Hold that x-ray: aspirate pH and auscultation prove enteral tube placement. J Clin Gastroenterol 20:293-5,1995.
18) D'Souza CR, et al:Pulmonary complications of feeding tubes: a new technique of insertion and monitoring malposition. Can J Surg 37:404-8,1994.
19) Kearns PJ, et al:A controlled comparison of traditional feeding tube verification methods to a bedside, electromagnetic technique. JPEN J Parenter Enteral Nutr 25:210-5,2001.