「スタイレット付き栄養チューブ」挿入時の肺損傷の危険性

 昨日のエントリー、胃管誤留置事故はどこでも起きうるについて、論議を深める。
 配信記事の中に、「レントゲン撮影で確認したところ、食道ではなく気管にチューブが挿入され、肺を突き破って栄養剤が注入されていたことが判明」という記載があった。胃管と肺損傷に関係する文献を紹介する。


# 長谷川 隆一, 川瀬 正樹:「スタイレット付き栄養チューブ」挿入時の肺損傷の危険性.静脈経腸栄養、Vol. 22 (2007) , No. 4 pp.515-519。要約は下記のとおりである。

 近年経腸栄養の普及につれて経鼻胃管の挿入や栄養剤注入に伴う合併症が増加し、社会的にも問題となっている。その中でスタイレット付き栄養チューブ(St-ENチューブ)が気管内に誤挿入されて生じる肺損傷については、欧米では以前から指摘されていたが本邦ではこれまであまり取り上げられず、データもほとんどなかった。今回われわれはSt-ENチューブによる肺損傷を生じた症例を2例経験したので、その危険性や対策について検討した。症例は2例とも高齢で、意識レベルも低下していた。St-ENチューブは右主気管支から右肺下葉を貫通して先端は胸腔内まで達し、その結果両者とも気胸を発症したが胸腔ドレナージにより軽快した。肺損傷を生じる要因として、患者側の要因(高齢、意識レベルの低下など)、チューブ側の要因(先端の形状など)、医療スタッフ側の要因(技量や確認方法など)があり、St-ENチューブはこれらに十分注意して使用する必要がある。


Keyword: 栄養チューブ, 肺損傷, スタイレット


 栄養チューブが肺損傷を起こした貴重なX線写真が提示されている。
 本文献では、医療看護安全情報 ー看護職の皆さまへー 日本看護協会より、2つの安全情報が紹介されている。


 本邦で、胃管挿入に伴う肺損傷について報告した論文は少ない。そのうちの一つが次の文献である。

# 中野豊・他:意識障害患者に認められた経鼻胃栄養チューブ挿入時の医原性気胸の1例.日本胸部疾患学会雑誌Vol.34, No.1 、 pp. 63-66。要約は下記のとおり。

 83歳女.意識障害と発熱を主訴に来院した.肺炎及び多臓器不全と診断し,抗生物質と蛋白分解酵素阻害剤の投与を行い,肺炎と多臓器不全は軽快したが,意識障害は遷延した.中心静脈栄養管理が,長期化した為,経腸栄養への変更を目的に,経鼻胃栄養チューブの挿入を行った.挿入中に異常な抵抗感ならびに咳嗽反射は認められなかったが,聴診上,水泡音が聴取されなかった為,胸部X線写真で確認したところ,チューブ先端は,右主気管支腔内から,胸膜を穿孔した後,胸腔内に迷入し,気胸を併発していた.トロッカーを挿入後脱気を行い,その後の経過は良好であった


 今回、報道された胃管誤留置事故は、スタイレット付き栄養チューブを用いたものと思われる。今後、栄養サポートチーム(NST)の普及に伴い、人工呼吸器装着者や意識障害者に対し、経腸栄養を行う機会が増えている。胃管留置に伴う肺損傷が増加すると予測する。
 経鼻胃管誤留置に伴い、(1)栄養剤注入に伴う呼吸不全、(2)チューブ挿入に伴う肺損傷、という2つの大きな合併症が問題となる。前者は重症患者に対して施行する際、胸部X線撮影を実施することで重大事故を防ぐことは可能である。後者は、栄養チューブ選択に注意が必要となる。単なる挿入技術の問題ではなく、医療器具の安全性の問題として捉えることが課題としてあげられる。