権丈善一氏と吉川洋氏との議論

 社会保障国民会議のメンバーである権丈善一(けんじょうよしかず)氏のホームページ、http://kenjoh.com/、6月12日の記載より。

本日の社会保障国民会議での座長とわたくしの議論は、下記の再現です。
2006年2月24日(対論2月9日)
対論「新社会のデザインーー吉川洋東京大学教授・経済財政諮問会議議員」朝日新聞』2006年2月24日朝刊


 上記対談は、政府と市場:どちらにも頼れない悩みで表にしてまとめられている。ご参照を。
 「医療制度の改革は」の部分を全文引用する。

 ー医療制度の論議も進んでいます。どう見直すべきでしょうか。


吉川  今後、高齢化が進み医療技術が進歩すれば、国民が使う自己負担を含めた医療費の総額はGDP国民所得よりも大きく伸びるだろう。それを無理に抑えるのは、育ち盛りの子どもがラーメンを2杯食べたいのに1杯だけにするようなもので合理的ではない。適切な医療の水準は、医師を中心とする専門家に決めてもらえばいい。ただし、医療費のうち税や保険料で賄っている公的負担の部分は、財政事情を考えればある程度伸びを抑制するしかない。


権丈  公的な負担を抑制すれば、所得によって医療に格差が生じるし、病弱な人は民間の医療保険からは排除されてしまう。「誰もが最適な医療を受けられる」というのが皆保険の理念だ。


吉川  「医療が大切」というのはその通りだが、教育だって防災だって大切だ。大切なものを足し合わせると、いまの財政では金が足りない。


権丈  人々が尊厳を持って生きるには、医療は他の分野よりも優先度が高い。


吉川  「負担が増えても公的医療を充実させてほしい」という国民の合意があるなら、「社会保険料や消費税を上げよう」という声が上がってもいいはずだが、現実には「消費税を上げる」と言ったとたん、みな渋い顔をする。


権丈  吉川さんは経済財政諮問会議の民間議員を務められ、政策の立案に深く関与されている。医療が大切だと考えるのであれば、政府や国民に対して保険料や税を引き上げるよう説得を試みられる立場にあるし、実際そうされればよいと思うのだが。


吉川  それは選挙で問われることだと思う。それに、医療にも「指を切った」「風邪をひいた」という軽い治療から、命にかかわるものまである。私も、日本の皆保険はすぐれた制度で守らなければならない、と考えている。
 しかし、軽度の治療費まで保険料や税を引上げてでも公的に負担する必要があるとは考えない。大切なのは高額療養費制度のように、命にかかわる大きなリスクをみんなで支え合う仕組みではないか。所得の低い世帯は別として、1回の治療につき500円ないし千円までは全額自己負担とする「免責制」も必要となれば検討されてもよい。


権丈  日本は主要先進国の中で、医療費がGDPに占める割合が一番低い。同時に、外来の受診率や人口あたりのベッド数が他の国と比べて極端に高い。低い医療費、少ないマンパワーで多くの患者を抱えている状況だ。特に病院の勤務医や看護師は非常に厳しい労働条件のもとにあり、本来2人でやれば問題がないようなことを1人でやるから医療ミスを犯してしまう。日本の医療をよくしようとすれば、医療費の総額を引上げざるを得ない。


吉川  「きちんとした医療が提供されることが大事」というのはその通りだし、そのためにも医療費の総額がある程度伸びることが必要、という認識は権丈さんと変わらない。しかし、繰り返しになるが「医療費の公的負担部分は財政問題であるので、無制限に増えることは許されない」というのが私の立場だ。


権丈  医療費は決して無制限に増えるわけではない。それに「公的な負担を抑え、自己負担を増やす」という形で医療費を上げていくと、免責制の導入だけでは賄いきれず、命にかかわる医療でも格差が生じるだろう。保険料の引上げ、たばこ税の目的税化で財源の確保は可能だ。


 吉川洋氏は、東京大学大学院経済学研究科教授であり、2001年から2006年まで経済財政諮問会議間議員を務めた。2008年1月29日より社会保障国民会議座長となっている。対談からわかるように、医療費増大は許容するが「公的医療費は抑制する」と主張している。そのために、保険免責制の導入を提唱している。
 一方、慶應義塾大学商学部教授である権丈善一氏は、社会保障国民会議のメンバーとして、諸外国と比べ絶対的に少ない医療費を思い切って引上げるように積極的に発言をしている。
 両者の意見は、国のあり方をめぐり、真っ向から対立している。
 吉川洋氏もメンバーだった経済財政諮問会議は、社会保障費を5年間で1.1兆円削減するために毎年2,200億円抑制するという路線継続を主張している。一方、社会保障国民会議からは、社会保障費給付抑制路線の修正が提言されている。
 権丈善一氏は、医療、介護、保育、教育は生活の基本的な4つのニーズであり、所得や住む場所に関わらず平等に利用できるよう公的に供給する「ある程度大きな政府」が望ましいと本対談で述べている。そのためには財源確保が必要だということも強調している。氏の主張に同意する。
 社会保障の行く末を決める論議が、社会保障国民会議を舞台に行われている。論客、権丈善一氏の活躍を期待する。