教育予算増をめぐり、文部科学省と財務省の攻防激化

 教育予算と成果主義について。毎日新聞新教育の森:教育振興基本計画 予算増の数値目標、明記したい文科省より。

新教育の森:教育振興基本計画 予算増の数値目標、明記したい文科省


 ◇財務省は反論書出し対抗


 今後5?10年の教育政策の方向性を示す政府の教育振興基本計画。教育投資などの数値目標が盛り込まれるかが焦点となっており、閣議決定を前に文部科学省財務省の攻防が激化している。【加藤隆寛】


 ◆GDP比低い日本


 「ずいぶん挑発的な副題じゃないか。我々の政策がウソに基づいているとでも言うのか」。文科省幹部が一通のリポートのページを繰りながら顔をしかめた。副題は「事実に基づいた教育政策のために」。財務省主計局が今月12日、「日本の教育予算は諸外国より劣る」と主張する文科省へ対抗するために公表した「反論書」だ。


 文科省は基本計画に「今後10年で、教育予算の対国内総生産(GDP)比を現在の3・5%から5・0%を上回る水準に引き上げる」「5年間で教職員定数を2万5000人増やす」と記載することを目指している。


 日本はGDP492兆円に対し、教育支出は17・2兆円(04年)で、GDP比3・5%。経済協力開発機構OECD)加盟国の平均は5%で遠く及ばない。渡海紀三朗文科相はGDP比の目標を掲げる理由について、「国力であるGDPを国家としてどんな政策選択に向けていくかを示す値だ」と説明する。


 ◆閣議決定で優遇期待


 この目標の実現には、約7兆4000億円の財源が必要になる。緊縮財政の下では、予算獲得は容易ではない。しかし、基本計画は閣議で決定される。閣議決定された数値目標には一定の重みがあり、財務省との予算折衝で文科省が優位に立つことが可能となるとの思いがある。


 例えば、06年3月に閣議決定された科学技術基本計画は研究開発投資目標を「5年間で25兆円」と明記した。文科省幹部は「閣議決定された基本計画があることで、科学技術関係の予算が一部優遇されているのは事実だ」と話す。


 ◆互いに主張譲らず


 文科省の思惑にくぎを刺すように、財務省の反論書は自作のデータを示し、「日本も他国並みに教育に金をかけている」「金をかければ教育が改善するわけではない。教育は質が重要だ」などと主張した。基本計画について「投資目標ではなく、学力水準や規範意識をどの程度向上させるのかなどの『成果指標』を掲げるべきだ」と突き放した。


 日本で国と地方が支出する予算の合計はGDP比37・2%で、OECD平均の42・1%に比べて少ない。少子化も進んでいる。反論書はこうした条件の違いを示した上で、「生徒1人当たりの教育支出を国民1人当たりのGDPで割ると、日本は20・9%で、主要先進国(21・4%)とそん色ない」と主張する。


 ただ、この指摘には、からくりもありそうだ。「主要先進国」とは米国、イギリス、ドイツ、フランスに日本を加えた5カ国を指す。このうち、GDP比でみた全教育支出がOECD平均を上回るのは米仏だけ。アイスランドデンマークスウェーデンなど、GDP比でみた支出が上位の国は除かれている。データ不足の4カ国を除く26カ国のOECD平均値は22・1%だ。


 生徒1人当たりの教育支出を国民1人当たりのGDPで割るという計算法について、財務省は「為替レートの影響を排除するためだ。単純に全教育支出を生徒数で割った1人当たりの額で比較しても、為替レートの影響を排除できず、正確に比較できない」と説明する。これに対し、文科省の担当者は「あまり意味のある数値と思えない」と疑問を示す。


 両省の議論について、渡海文科相は20日の会見で「お互いが自分の主張をしているだけで、まともにぶつかってないんじゃないかという気がする」と話した。


 福田康夫首相は4月30日の会見で、道路特定財源一般財源化後の使途の一つに「高等教育の充実」を挙げた。新たな財源の獲得を巡る各省や族議員の思惑も交錯する。今後は文科省の原案をたたき台に、財務省総務省との折衝が本格化する。基本計画は本来なら昨年度中に閣議決定される予定だったが、決定まではまだ時間がかかりそうだ。


 ◇中教審答申には記載なく 新指導要領実施迫り、焦りも


 今月15日の自民党文教制度調査会合同会議。12日に財務省が公表した反論書に明確に反論できなかった文科省幹部に、議員から怒声が飛んだ。「学力だって体力だって現に落ちているじゃないか。『これだけ上げます。そのために予算が必要です』となぜ書けない」


 基本計画はそもそも、中央教育審議会で1年2カ月にわたって審議された。委員からも具体的な数値目標を盛り込むことを求める意見が出されたが、答申前の折衝で、「(予算増は)行革推進法などとの整合性が取れない」とする財務省側に文科省側が押し切られ、数値目標明記を断念した。その後、文教族議員らが数値目標のない答申を批判して官邸などに要請行動。渡海文科相が文相・文科相OBとの会合で、数値目標を入れた省としての原案を作る方針を示したという経緯がある。


 文科省はなぜ、「現状で不足している予算を検証・積算し、必要な金額を導く」という手法を取らなかったのか。ある文科省幹部は「例えば、『どれだけ定数を増やせば、どれだけ教師の手が空くか』などの効果を定量的に示したデータはない。中教審でも十分な議論がなされていないことを文科省として書き込むのは難しい」と事情を打ち明ける。少人数教育と学力向上の関係もきちんと実証されておらず、「投資の効果は投資してみなければ分からない」という現状から抜け出せずにいるという。


 しかし、教育現場からは、「人と金」の不足に苦しむ悲鳴が上がっている。学習内容を増やす新学習指導要領の完全実施は小学校が11年度、中学校が12年度に迫った。来年度からは理数科目を中心に前倒し実施も始まる。別の文科省幹部は「指導要領をこれだけ変えておいて『定数は増やせません』なんて通らない。それでは現場は怒る」と顔に焦りの色を浮かべる。こうした危機感から、文科省原案に教職員定数の目標値も書き込んだ。


 ◇財政縮減が響き、政府方針も後退


 文科省が基本計画で数値目標を掲げるようになった原点は、政府の教育改革国民会議による「17の提案」(00年12月)だった。基本計画の必要性を訴え、「投資を惜しんで教育改革は実行できない。財政支出の指標の設定も考えるべきだ」と提言した。


 教育基本法改正(06年12月)を巡る議論では、「改正法で基本計画策定を義務づけ数値目標を掲げる」とされた。文科省には、改正議論で注目された愛国心など保守色の上乗せだけでなく、予算面での実効性が見込める法改正との印象が強まった。


 だが、財政縮減の流れで、「教育も聖域ではない」との考え方が一般化する。皮肉なことに、改正教育基本法が成立した06年、風向きが完全に変わった。骨太の方針06や行政改革推進法で文教予算の削減方針が打ち出され、教職員定数は「07年度から5年間で1万人純減させる」などと定められた。


 政府の教育再生会議の報告(07年6月)では、「(予算に)メリハリをつける」「内容の充実を」などと記述が後退。文科省幹部は「『ハシゴを外された』と思った」と振り返る。


毎日新聞 2008年5月26日 東京朝刊


 文部科学省の対応について、毎日新聞教育予算:「高等教育予算、やっぱり少ない」 財務省の主張に文科省が再反論より。

教育予算:「高等教育予算、やっぱり少ない」 財務省の主張に文科省が再反論


 国が初めて策定する教育振興基本計画に関し、教育予算増などの数値目標明記を目指す文部科学省をけん制するため財務省が公表した反論書に対抗し、文科省は再反論書をまとめた。「生徒1人当たりの教育予算は主要先進国とそん色ない」と主張する財務省の分析を批判し、「高等教育などの1人当たり予算は、経済協力開発機構OECD)平均を下回っている」と反論した。


 財務省の主張の根拠は、生徒1人当たりの教育予算を国民1人当たりの国内総生産(GDP)で割った値で、文科省は「単純な解釈ができない」と疑問を提示。ドル換算で、日本は就学前1973ドル、高等教育5024ドルだが、OECD平均はそれぞれ3793ドルと8403ドルだとした。さらに「初等中等教育段階は先進国と同程度だが、教員の年齢上昇による人件費増などが要因」とした。


 「教育予算が多ければ学力が高いわけではない」との財務省の見解には、「OECDの学習到達度調査(PISA)の結果では、1人当たり教育予算と学力に明らかな関係性がある」とのOECDの分析を紹介した。


 財務省が「学力向上など教育成果こそ数値目標を」とした点は、基本計画案に「世界トップの学力水準を目指し、国際調査などで学力の高い層の割合を増やす」などの目標を盛り込んだと反論した。【加藤隆寛】


毎日新聞 2008年6月3日 東京朝刊


 既視感におそわれている。教育を医療に置き換えてみて、なぜそういう思いを抱いたかに気づいた。教育も医療も社会の発展のために必要なインフラである。しかし、財務省はどちらにもお金は使いたくないらしい。そればかりが、現場の悲鳴など歯牙にもかけず、乾いたタオルをさらに絞ろうとしている。
 道路特定財源での対応をみても、国は整備された道路は後世に残すことは考えているが、住む人のことは全く考えていない。教育現場にも成果主義を持ち込むとは空いた口が塞がらない。成果主義は国を亡ぼす。


 文部科学省の奮闘は特質すべきである。果敢に財務省に立ち向かっている。一方、厚労省も文句を言っているようだが、迫力は感じない。医療問題に対し国民の関心が高まっているのだから、真面目に頑張って欲しいものだ。


 そういえば、小泉元首相は、「米百俵の精神」を強調していた。しかし、実際に行ったのは「骨太の方針」を作成し、教育予算を削ること。お得意のパフォーマンスに過ぎなかったのだろう。